九龍中央電台
九龍中央電台は、クーロンの町の比較的北の方にある。
以前はラジオのセットなどが置いてあったらしいが、
今ではシャッターが閉まっていて、
当時を思い返すのは、消えたネオンばかりなりということになっている。
ミスター・フーは、廃ビルになったそこに、
歌姫がいるという情報をつかんだ。
歌姫の名残の気配かもしれないけれど、
ミスター・フーにとってはそのほうが都合がいい。
ひっそりとネオンの消えた電台に、
ミスター・フーは気配を感じ取った。
籠の中の小鳥のような気配。
ラジオの電波にも乗らない、
小さな小さな歌。
歌姫は、この気配が存在している限り歌姫だ。
外に出したのならば、彼女は自分が存在していないと思うに相違ない。
「さて、どうしたものでしょうね」
ミスター・フーは面白そうに小鳥の歌姫の気配を探る。
(だれ?)
歌姫が気がついた。
「私はミスター・フー。あなたに会いに来ました」
(まぁ、私のファン?)
ミスター・フーはくっくっと笑うと、
「そうですね」
と、答える。
(ねぇ、私の歌は届いているかしら)
「ええ、とてもいい歌です」
(わたしは、いる、のよね)
「そうですよ」
歌姫は黙る。
存在していないと言ってつぶしたい衝動と、
このまま秘密の歌姫にしておきたい独占欲と、
いたぶりたいと思うのと、
手に入れて愛でたいと思うのと、
考えるところは様々あれども、
説明つかない感覚があるのも確か。
(ファンなんて初めてだから、びっくりしちゃった)
歌姫は、ころころ笑う。
姿はないけれど、初めてのファンに向けて、一人の歌姫として。
(私がここで歌っていることを、他の人にも教えて欲しいな)
「教えません」
ミスター・フーは答える。
「あなたは私のものです。見つけた私のものです」
歌姫は笑う。
(ありがとう。あなたにとって、私はいるのね)
歌姫は歌う。
ミスター・フーのものとなっても、歌う。
ラジオにも乗らない歌を。廃ビルのそこで。