海の見えるバー


マオニィという女性が、
海の見えるバーにやってきた。
ここでは昔、定期的にみんなが集い、音楽を流し、
踊り、笑った。
今は、その集まりが開かれることもなくなり、
バーは沈黙している。

マオニィは、バーのカウンターをそっとなぞり、椅子に腰掛ける。
誰もいない空間。
でも、この場所が覚えている。
みんなというものがいた時間のことを。
マオニィは目を閉じて、
場所の記憶に身をゆだねる。

沈黙していた場所が、
思い出を話すようにマオニィに語りかける。
ラウンジと呼ばれる場所だった。
そこには仲間が集い、
陽気に時間をすごした。
「悲しむときには悲しまざるを得ない」
「だったら、ここの時間は喜びでいいじゃないか」
「さぁ、景気のいい曲をかけてくれよ、いつものように」
マオニィはいつしか、
この場所の思い出の中の空間にいる。
水の中にいるように、思い出はゆらゆらしているけれど、
マオニィは感じる。
これは、ちゃんとあった記憶なんだと。
みんなが楽しんだというのは、ちゃんとあったんだと。

ゆらゆらした記憶たちの輝きが乱反射。
DJの女性が笑っている。
「またおいで」

マオニィは、気がつけば一人。
誰もいない空間。
海の見えるバーは、少し満ち足りたように黙っている。

マオニィには自分の記憶がないけれど、
自分を持っていないから、どこかの思い出に入れるのかもしれない。
そうして、楽しいというものを感じられるなら、
それはそれでいいような気がした。


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