返却期限はありません 2


コインランドリーには、遠野さんも来ていた。
乾燥機の熱でほのかにあたたかく、
なおかつ、ちょっとやかましいここで、
遠野さんは僕の貸した文庫本を読んでいた。
なんかうれしいな。

「よぉ、白河君」
「遠野さん」
「バイトはどうしたよ」
「明日あります」

ごうんごうん。
乾燥機が回っている。
洗濯物ぐるぐる。
僕も洗濯物を入れて、コインを数枚。
僕の洗濯物も踊りだす。

ぼんやりしていると、
乾燥機がロックを奏でている気がしてきた。
リズムがドラムっぽいなーとか、
そういえばドラム式洗濯機とかいうのもあったからなーとか、
ぼんやりとりとめのないことを考える。

遠野さんは、文庫本をぱたんと閉じた。
「おもしろかった。さすがだね、白河君」
「何がさすがですか?」
「面白いものをよく探してくるよ、そういう目があるのはいいね」
遠野さんは、一人で納得してうなずいて、
「うん、いいね」
と、繰り返す。
僕はよくわからない。
「そういう純粋さが、白河君のいいところだよ」
「じゅんすい?」
僕は思わず聞き返す。
ただの大学生に純粋もないだろうと思う。
遠野さんは、にやっと笑った。
「白河君はわかってないなぁ」
「なにがですか」
「白河君の目は、濁っていない」
「普通ですよ」
「その普通が、みんな難しいのさ」

遠野さんが、一瞬遠い人に感じた。
僕の普通を難しいというこの人の、
遠野さんの普通とはなんだろう。
僕は遠野さんが普通だと思う。
世の中いろいろあって、その中の一人として、普通だと思う。
けど、僕の知らないところで、
遠野さんは普通じゃないのかな。
僕なんかただの近所の大学生なわけだけど、
なんだろ、うーん。
文庫本の趣味は、お互い近いところにあるから、
遠野さんが遠い人じゃなくて、えっと、

「また、何か貸しましょうか」
僕はさんざん考えて、その言葉を引き出した。
遠野さんはちょっと驚いた顔をして、
「おう」
と、笑って返した。

文庫本のつながり。
それだけのご近所さんだけど。
遠野さんが遠くにいるのは、僕は嫌だと思った。それだけ。


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