俺は時の檻で嘘をつく 3月11日


3月11日。
何年か前の震災の日。
祈る人も涙も、いろいろな言葉も、
テレビをつけっぱなしにして、
2万回以上聞いた。
聞くたびに俺は思うことがある。
俺がここであなたたちの言葉を聞いているけれど、
俺が震災で、または何かで死んだりして、
代わりにあなたの大切な人が生きていれば、
そうすればあなたの人生は穏やかなままでしたかと。
穏やかな人生のために、この人たちは何を犠牲にできるのだろう。
相変わらず俺は、理解できない。
何もかも、理解できない。

まともであるためには、
俺がまともになるためには、
身代わりが必要だという。
思うに、ループの中に一人入れて、
俺が脱出するという仕掛けなのかもしれない。
世の中そんな風にできているんだろうか。
誰かが生きて、誰かが死ぬ。
誰が決めたんだそんなこと!

俺はループの中で、聞き飽きた言葉を聞いている。
「ユウヤ」
タマキが声をかけてきた。
「この人たちは、ようやく言葉にすることができたんだね」
「そっか…」
俺はそんなこと、考えもしなかった。
タマキは一度も、このループを終えていない。
ふと、昔、読んだ絵本を思い出した。
猫の話で有名なやつ。
百万回生きたネコ。
それだ。

俺は自殺も何度もした。
俺は13日までの間にありとあらゆることをした。
俺は…
俺の経験したことは、特殊だけど、どうでもいいことだったんだ。
まだ一度も、生き切ってここを出ていけないのだから。

穏やかな人生を送るため、
祈る人は犠牲を望んでいないと、初めて、感じた。
うまく言えないけれど、
多分俺がループの中ではじめて得た、理解。
理解。
言葉以上に、響いた何か。

「タマキ」
「なに?」
「あのさ」
「うん」
理解したそれを伝えたかった。
タマキの犠牲なしで、このループから一緒に抜け出そうと。
それから、こうして祈る人たちは、
誰の犠牲も望んでいないこと、
いっしょに、そう、いっしょに、
一緒にまともな時間に戻ろう。

と、言いたかったんだけど、
出てきた言葉は、
「そばにいてもいいかな」
だった。

タマキは微笑んで、
「うん」
と、うなずいた。


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