空から


妄想屋の夜羽は、テープを示す。
「空には何があるでしょう」
年代もののテープレコーダーに、カセットテープをセットして、
再生ボタンをガチャンと押す。
「空に何を見たのでしょう」

テープは回る。
音声がちょっとのノイズを混ぜて再生される。

「空から」
「空から?」
「空から勝ち取らないといけないんだ」
「何を、でしょう?」
夜羽は問う。
声は答える。
「ほほえみのくすりを、空から取らないといけないんだ」
声は、夜羽の合いの手を待たず、話し出す。

空の成分の中に、
ほほえみを浮かべることができる成分があるんだ。
僕はそれを空から勝ち取らないといけない。
空はその成分を空の上の上のほうに浮かべているから、
僕はどんどん成長して上に行かないといけない。
どんどん僕は大きくなって、
空の上のほうにいって、
ほほえみのくすりを空から勝ち取るべく、
喧嘩を売っても勝てるくらいに強くならないといけない。
空は強いよ。
あれだけ大きいんだもの、当たり前だよ。
けれど、空に喧嘩を売って、
ほほえみのくすりを勝ち取って、
僕はこの地上の人にもっとほほえみを広げたいと思うんだ。
多分悪いことは思っていないと思う。

でもね、空にはいろんな成分がすでにごちゃごちゃしていて、
それが空を青くさせているんだ。
悲しみの成分なんかが空から落ちてきて、
都市が悲しみに染まるのを僕は見てきた。
だから、僕が大きくなって、
ほほえみのくすりを取ってこないと、だめなんだと思ったんだ。
僕はそのために勉強するし、いっぱい食べるし、運動もがんばるよ。
空の上ほど、いろいろな成分がひどく混ざっていると言うけれど、
たぶん、空はその成分も使って、
喧嘩を売りに来た僕と戦うと思うんだ。
僕はね、その頃にはきっと強くなってね、

「僕は強くなってね、そして、涙のもとを、この身に引き受けようと思うよ」
「あなたが?」
「うん、そして、この手にほほえみのくすりをもって、空は透明になって」
声は、続ける。
「僕は地上に戻ってきて、きっと涙になって溶けるんだと思う」

テープは沈黙して、やがて停止した。


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