千切れたバラ
妄想屋の夜羽は、テープを示す。
「花はお好きですか?」
年代もののテープレコーダーに、カセットテープをセットして、
再生ボタンをガチャンと押す。
「千切れても、花ですけれど」
テープは回る。
音声がちょっとのノイズを混ぜて再生される。
「千切れたバラ」
ちょっとだけ高い声の男が話す。
「バラがお好きですか?」
「いや、僕が花を手にすると、みんなちぎっちゃって」
「ちぎってしまう、とは?」
「うまく花を手にできなくて、みんな、ぼろぼろになっちゃう」
男は、少し黙る。
夜羽も黙る。
「僕は、花を誰かに渡すことすら出来ないのかな」
男はぽつりと言う、ひどく悲しそうに。
そして、話し出す。
うんとね、僕は、多分普通の人だよ。
不器用なロボットじゃないんだ。
人を好きになったり嫌いになったり、
普通にそういうことができるくらいには。
でも、僕はすごく不器用で、
さっきも言ったように、花をちゃんと手にすることが出来ない。
花をちゃんと渡せないって、結構しんどいんだ。
僕はね、人を好きになった。
すごく美しい人だよ。
月の光を人にしたような。
うん、ちょっと詩人気分。
でも、その人を見れは、僕の気持ちがわかるよ。
とってもきれいな人なんだ。
シャレにならないけれど、
僕はばらばらのバラをその人に送った。
僕なりに考えたんだよ、
ばらばらになっても、バラならその人を彩れるかなって。
でも、その人はね、僕に嫌われていると思ったらしいんだ。
わざわざ千切ってよこすのは、嫌がらせと思ったらしいんだ。
千切れた花を贈るたびに嫌われる。
月の光はいつも美しくて。
僕はね、がんばったんだ。
「がんばった、とは?」
夜羽が問う。
「ある夜、月の光を真っ赤なバラに沈めたんだ」
「沈めた?」
男は少し嬉しそうに。
「月の光が、千切れたバラに沈んで、その夜は真っ赤に染まった」
「赤く、ですか」
「赤い月を見たならば、僕の精一杯と思ってほしいんだ」
テープは沈黙して、やがて停止した。