我叫ぶ


妄想屋の夜羽は、テープを示す。
「叫びが聞こえるのか、あなたが叫んでいるのか」
年代もののテープレコーダーに、カセットテープをセットして、
再生ボタンをガチャンと押す。
「叫びは原始の衝動かも知れません」

テープは回る。
音声がちょっとのノイズを混ぜて再生される。

「我叫ぶ」
がらがらの声がいう。
叫びすぎたかのように聞こえないこともない。
「何を叫びますか?」
「欲しいと、叫ぶ」
雄叫びを上げようとして、声はむせる。
「大丈夫ですか?」
「なんのこれしき」
「よろしければ、なぜ叫ぶのかを、聞かせてください」
がらがら声の主は無言で多分うなずいた。
「我叫ぶ」
がらがら声が話す。

我叫ぶ。
何故と訊かれたから話そう。
我は、誰かの欲求を叫ぶのが役目。
欲求はあるだけではいけない。
形にしないと、腐って己の身を内側から傷つける。
我は、欲求を聞き、叫ぶ。
我は、欲求を解放し、そして、欲が腐敗するのを防いでいる。
そのはずだ。

我は、人の欲求を聞き、叫ぶ。
我とて、自我がないわけでなく、
我とて、倫理がないわけでない。
そう、悪徳や破廉恥もあった。
それでも、それを我が叫ぶことにより、
それ以上の腐敗を食い止めることが出来たはず。
我はそう信じている。

我は、いつしか、思ったほどの叫びが出来なくなった。
気がつけば、皆、我以上に静かに叫んでいた。
声にならないから誰もわからぬのに、
皆、叫んだと信じきっておる。
声なく叫んだから、欲求が外に出たと、黙っておるのに信じている。
叫べと我は訴えたい。
我の欲だ。
叫べ、皆、叫べ、
その声は何の為ぞ、
その怒りは、その慟哭は、
声なくしては、叫びなくしては、伝わらぬぞ!

がらがら声が雄叫びを上げる。
そのあと、ひどくむせこむ。
「大丈夫ですか?」
「何のこれしきといいたいが、我も限界か」
「では、最後に。今何が欲しいですか?」
「…我は、アイスクリームを所望するぞ」
がらがら声は、ちょっと照れたように言った。

テープは沈黙して、やがて停止した。

I scream?
Ice cream!


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