終わる世界


妄想屋の夜羽は、テープを示す。
「変わらない日常の裏側で」
年代もののテープレコーダーに、カセットテープをセットして、
再生ボタンをガチャンと押す。
「始まるものと、終わるもの」

テープは回る。
音声がちょっとのノイズを混ぜて再生される。

「終わる世界」
陰鬱な男の声がつぶやく。
すでに世界が滅びたかのような声だ。
「年は終わるかもしれないですけどね」
「そうだな、そう、いつものように年は終わる」
「そのほかに、終わる世界があると?」
「ある」
陰鬱な声は肯定する。
「皆の日常の裏側で、終わる世界がある」

たいした話ではない。
それでも、誰かに語りたいだけだ。
寒さは人を物寂しくさせると言う。
それだと思ってくれてもかまわない。

私は思い出の中で生きているようなものでな。
ただひとつのぬくもりの記憶で生きている。
それは、やさしくあたたかいものを抱きしめた記憶。
それだけを心に抱いて生きている。
私のいる場所は、とても暗く、何もない場所だと思って欲しい。
比喩と思ってもかまわないし、
何もないことを事実と思ってもらってもかまわない。
私はその境界もよくわからないほど、
外部の感覚を閉ざしている。

私は、何から話せばいいだろう。
ぬくもりに触れてしまったから、
そのぬくもりを私のものにしようと、
騙し、たぶらかし、姦計をつくした。
ずっと触れていたかった。
このぬくもりを、ずっと抱きしめて、
罪悪感に目を閉ざして泣いていたかった。

ぬくもりのあの人は、それでも、優しすぎて。
騙されていたことに目を閉ざして、
私に微笑みかける。
私はあらん限り謝った。
そして、時が来たとき、あの人を手放した。
ぬくもりはここにいるべきでないと、
私もようやく悟ったのだよ。

私は悪で、私は罪人で、
私は空虚で何もない世界にいる。
それでも、

「それでも?」
「あの人は、時が巡ると私の元にやってくる」
「それは?」
「私は春の化身の彼女を抱きしめて」
声は言う。
「罪悪感にむせび泣きながら、空虚の世界が終わるのを感じるのだよ」

テープは沈黙して、やがて停止した。


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