未知からのバス


ネネは教室を出る。
なんとなくハヤトもついて来る。
懐かれたとか、そういうわけでなく、
ただ昇降口に向かうだけだ。
靴を渡り靴に履き替える。
革靴のおかしな靴。
とんとんとはいて、かかとを鳴らす。
今日も軽快だと思った。

「それじゃ、また明日」
ハヤトはボソッと告げる。
「また明日ね」
ネネは、つとめてボソッと言った。

ネネはバス停に向けて歩き出す。
靴がこっつこっつとなる。
こっつこっつ…かん!かん!
渡り靴が甲高い足音になる。
警報?警報だ!
といっても何が起こるのかわからない。
ドライブがいれば、説明をしてもらえるんだろうが、
あいにくドライブはいない。
通り魔だろうか。
朝凪の町でないのに何が起こるというのだ。

ネネはとにかく立ち止まった。
片足でかかとを鳴らす。
かん!かん!…
警報はやまない。
どうしたらいいんだろう。

不意に風が吹いた。
雨も降っていないのに、ざぁざぁと音がなる。
ネネはしゃがみこんだ。
何かがすごい勢いで駆け抜けていく。
「まざれまざれ」
遠くから声がした。
「まざってしまえ」
強い風の中、ネネは顔を少し上げた。
バスが一台走っていく。
ネネの町に走っているバスではない気がする。
なんというか、カンオケのようだとネネは思った。
乗っているものの顔は見えない。
バスがまざってしまえと鳴らしている。
何がまざってしまうんだろうか。
ネネはバスが通り過ぎていくのを見た。
乗客は見慣れない人ばかりだった。
特徴のない、勤め人みたいな感じがした。

バスはやがて、
浅海の町の夕もやに消えた。
ネネは立ち上がった。
風はいつの間にかやんでいる。
ネネは野暮ったい髪形を一応整え、
かかとを鳴らしてみる。
こっつこっつとなる。
さっきのバスが警報の元だったのだろうか。
何のバスだったんだろう。

ネネはいつものバスに乗り、
家路へとついた。
途中パトカーや消防車、救急車の通り過ぎていくのを見た。
なんだかあったのだろうか。

家に帰ってきて、
「ただいま」
と、ボソッと言う。
挨拶はしておくものだ。
「あらネネ、大丈夫だった?」
キッチンから母が声をかけて来る。
「大丈夫って?」
「ネネの学校の近くで、バスが事故になったらしいわよ」
「うそ」
「本当よ。ニュースでやってたし」
「そうなんだ…」
ネネは冷や汗のようなものをかく。
警報は、きっと事故。
では、まざってしまえとは?
ネネは階段を上がっていった。
乱暴に自分の部屋のドアを開ける。
「ドライブ!」
ネネは呼ぶ。
後ろ手でドアを閉める。
『無事でしたか』
ドライブが鈴を鳴らしながら、無駄箱一号の陰から出て来る。
「渡り靴が警報を出してくれたんだ」
『カンオケバスのあたりがあったのです』
「カンオケバス?」
『線の区切っているものを混ぜてしまうバスです』
「それで、まざってしまえって言ってたんだ」
『何もかもを混ぜようとする、通り魔の一種です』
「通り魔ってこっちでもいるの?」
『こんなにはっきりになることは、まれです』
「まれなのか」
『何かの意志が働いているかもです』
「それは何?」
『まだわからないのです』
ドライブはぽりぽりと頭をかいた。

「ネネー!ごはんよー!」
下から声がかかる。
「はーい!」
ネネは大声で答えた。
「ドライブは何か食べる?」
『いらないのです。今は大丈夫なのですよ』
「そう、じゃ、ご飯食べてくるね」
『いってらっしゃいです』
ネネは部屋をあとにした。

通り魔が見えること。
カンオケバス。
どうしてそんなものが見えてしまったんだろう。
何が線を混ぜようとしているんだろう。
世界が混沌になりそうで、
ネネは少し戦慄した。


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