浜の町並み
朝焼けの浜辺で、勇者はそっとネネの手を離す。
「行かなくてはなりません」
くぐもった声が、それでも名残惜しそうに言う。
「また逢えるかな」
「線が交われば」
「うん」
ネネはうなずく。
勇者は走り出した。
ネネの線とは違う方向へ。
全身を覆う鎧が金属の重い音を立てる。
戦えるだろうか。あの勇者は。
『大丈夫ですよ』
ドライブがつぶやく。
『朝凪の勇者なのです』
「うん」
ネネは見通しのいいはずの浜辺から、
勇者が見えなくなるまで見送った。
ネネはまた、線を辿って歩き出す。
浜辺から、道を一本入る。
そこはさびた町並み。
金属を使っているところがさびやすいらしい。
潮風の影響だろうか。
建て直しなどをしないらしく、
何年もそのままの印象を受けた。
ネネはアスファルトの上を歩き出す。
こっつこっつ。
いつもの渡り靴の音がする。
古い町並み。
昔々は漁村だったのかもしれない。
浅海の町は近代化された港だと聞く。
こういうものを飲み込んで、
浅海の町は変わっていったのだろう。
朝凪の町は、時代に飲み込まれていない。
ネネはそんな気がした。
浅海と朝凪。
近いようで、ものすごく遠いのかもしれない。
『繋がっていたり区切られたりするのです』
ドライブがつぶやく。
『きっとネネの中では繋がっているのです』
「そうかもしれないね」
ネネはあたりを見渡す。
少ないながらも人がいて、
思い思いの日常を過ごしている。
ネネは、こんな風景を昔に見たことがある気がする。
浅海の町の昔かもしれない。
ネネが幼い頃かもしれない。
さびた町なんて記憶にあっただろうか。
「ドライブ」
ネネは呼びかける。
『はい?』
「記憶は薄いんだけどね、昔こんな町を見た気がする」
『だから繋がっているのかもしれません』
「うん、そうかもしれない」
ネネはうなずく。
「海を見に来た気がする」
『ふむ』
「そのときも船が遠くで汽笛を鳴らしてた」
『そこが繋がったのでしょう』
ドライブは語る。
『ネネの心は自分が思うより強いのですよ』
「そうかな」
『そうなのです』
ドライブは半ば断言する。
『ですから、いろんなものが繋がり、ネネの線になるのです』
「あたしの、線」
『ネネの線はネネにしか辿れません』
「うん」
『どんな人だろうと、ネネの線をのっとることは出来ません』
「そうかな」
『そうなのです。自信を持つのです』
「ありがとう」
ネネは肩のドライブをなでた。
ちりりんと音がする。
ネネは線を辿って歩く。
入り組んだ町並みに続いていた。
大きな建物は少なく、こまごました、さびた建物が続いている。
電線などが上に下に張り巡らされている。
入り口のような出口のようなドアの数々。
ネネは迷い込んだ感覚を持った。
それでも線は道を示す。
ネネは線を見ながら歩く。
前を見て、しっかりと。
住人が通り過ぎていく。
住人はネネすら日常の一部にしている。
極端なことでもなければ、この浜の住人は何でも日常にしてしまうんだろう。
夢見ている海と同様に、
何でも飲み込んでしまう浜。
子どもがかけていった。
老人がのんびり植物に水をあげている。
朝凪の町は、おおむね平和かもしれない。
それでも通り魔はどこかで狙っているのかもしれないし、
どこかのきっかけで壊れてしまうのかもしれない。
ネネはイメージをする。
ネネの一本の線は、どこかへと繋がっている。
ネネがその線を断ってしまうと、
蜘蛛の巣が壊れるように、あちこち一気に壊れるような。
そんなイメージをネネは持った。
『ネネ』
ドライブが話しかける。
『そうかもしれないから、ネネは線を断たないでほしいのです』
「うん」
ネネはうなずいた。
そしてまた、浜の町並みを歩き出した。