呼び声


「それで、線はどこに続いてる?」
鋏師が尋ねる。
ネネはあわてて辺りを見た。
ネネの線。いつもの線がいつものように、
ネネの足元から続いている。
先のほうにある商店街を目指しているらしい。
「あっち、商店街」
「それじゃ、バーバのところに行くのかな」
「ばーば?」
ネネは聞き返す。
「知らない?占い屋のバーバ」
ネネは首を振った。そんな人は知らない。
ドライブにいたっては、震えだした。
『占い師…?』
ネネは以前聞いたことがある。
ドライブの知る限り、危険な、
死者を生き返らせる占い師がいたこと。
「鋏師さん」
ネネは問いかける。
「その占い屋って、危険?」
鋏師はびっくりしたような顔をして、
そのあと、笑い出した。
「バーバは悪くないよ。とぼけてるけど、大好き」
「大好き?」
「うん」
鋏師は邪気なく笑う。
「このネズミがさ、以前危険な占い師がいたらしいって」
「あー、だいぶ前らしいね」
鋏師が思い出そうとする。
「ええとね、バーバがこの町に来る前にいたって」
「ばーばより前なんだ」
「それで、なんでも願いをかなえますとか言ってたらしいよ」
「危険ね。なんだか」
「レディも器屋もそんなこと言ってた」
「それでどうなったの?」
「うーん、よくわかんないんだ」
鋏師が困った顔をする。
「町にとかされたとか、線になったとか」
「なにそれ」
「僕にもわかんない。ただ、危険なのがまだいるかもしれないらしい」
「そうなんだ」
「わかんないけどね」
ネネは一応納得する。
占い師と占い屋は別らしい。
で、占い屋がバーバらしい。
で、占い師…これがドライブの怖がっていたものらしい。
ネネはそれだけ考えてみる。
『らしいですね』
考えを呼んだドライブが答える。
「バーバに逢いに行こうか」
ネネはドライブに問いかける。
『ちょっと怖いですけど、行きますか』
「うん、線が続いていたらってことで」
『はい』
ドライブが答えたことを確認すると、
ネネは商店街に向かって、鋏師と歩き出した。

「バーバはとぼけてるって?」
「うん、ねねちゃんやぁとか、宙に向かっていってたり」
「ねねちゃんやぁ?」
「よくわかんないけど、そんなこといってたりするよ」

ネネの脳裏に何かが再生された。
ノイズ交じりのものを再生する感覚。
「ねねちゃんやぁ?」
ネネは言葉を反芻する。
どこかで聞いたことがある。
なのに、どこだといえないもどかしい感覚。
ネネは必死に記憶を掘る。
再生を描画する。
優しい声を、しわくちゃの顔を、
うれしくてしょうがない老婆の顔を、その枯れた手を、
温かい指を、
「ねねちゃんやぁ」
ネネはその言葉に、いつも安心していた。
ネネの記憶の遠くから続いている、
それなのに、ネネの中では少しちくはぐになっている。

「あたしが生まれたときには」
ネネがおかしいそこを話し出す。
「おばあちゃんは、いないはずなんだよね」
ネネの中ではおばあちゃんはいない。
生まれてきた頃には、いないはずだ。
それなのに懐かしくてしょうのない、
「ねねちゃんやぁ」
という老婆の声。
優しい、あやす声。
ネネは赤ん坊なんだろうか。
それとも幼児なのだろうか。
ネネの遠くで声がする。
いつもそばにいたらしい声。

「うーん」
鋏師がうなる。
「バーバがぼけているって可能性は?」
「そういうのもあり?」
「バーバはいつもあの調子ですし、ぼけてるんですよ」
「どうだろうね」
ネネは可能性を捨てきれない。
優しい声に、あのしわがれた声に、
もう一度逢いたいと思った。

「ねねちゃんやぁ」
ネネの記憶で声がする。
「行ってみればわかるよ」
ネネはそういうと、線を辿って歩き出した。


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