バーバのおうち
「バーバの占い屋はすぐそこだよ」
鋏師が先にたって歩く。
ネネは自分の線と交互に見て、
鋏師のいるほうに線が向いているのを確認する。
ネネは一人でうなずいた。たぶんあっちだと。
「バーバはどんな占いするの?」
ネネは歩きながらたずねる。
「信じてもらえるか、わからないけど」
と、鋏師は前置きして、
「そこにいるだけで、自分の方向が見えてくるんだ」
「いるだけで?」
「うん、なんと言うかね」
鋏師がとんとん歩きながら考えて話す。
「何したらいいだろうね、と、心に持ってバーバに逢うと」
「うん」
「バーバの顔を見ていると、次にいくべきものが見える気がするんだ」
「へぇ」
「バーバは何もしていないけど、バーバがいないと閃かないんだ」
「なるほど」
ネネはなんとなくわかる気がする。
その場にいないと、わからないかもしれないが、
感覚はわかる気がした。
「バーバは商売してるわけじゃないけど、いなくちゃいけない気がするんだ」
「それで占い屋?」
「便宜上、かな。道しるべ師とか、いろいろあるかもだけどね」
「看板工もいるよね」
「看板工さんは、線の中継点を見るからね」
「バーバはちょっと違うのね」
「うん、自分が何をすべきかが自分でわかるんだ」
「なるほどね」
ネネはネネなりに納得する。
商売してなくても、いなくちゃいけない人がいる。
それはこの町での役割かもしれない。
バーバはこの町で、そんな役割のある住民の一人なのかもしれない。
「あ、あそこの陰」
鋏師が走る。
路地の前でネネを待つ。
ネネも走る。
「ほら」
鋏師は、路地を示す。
風鈴がチリンと鳴った。
その風鈴の下に、小さく看板が出ている。
「占い屋」
と、控えめに。
「行こう」
鋏師が先に歩き出す。ネネも続いた。
入り口は横開きの扉、昭和時代のガラガラなる扉。
鋏師がガラガラと扉を開く。
「こーんにーちはー」
鋏師が大声を上げる。
静かな間があり、また、風鈴がチリンとなる。
「いないの?」
ネネがたずねる。
「いると思うよ」
鋏師が答えると、奥から気配。
「まぁまぁ、よくきたねぇ」
奥から声がする。
とたとたと軽い足音がする。
玄関の近くまで来ると、軽く床の鳴る音も聞こえる。
そして、小さな老婆が現れた。
「あがりなさいなぁ。いいお菓子があるんだよ」
老婆はそういうと、鋏師を促した。
鋏師はわらじを脱いで上がる。
ネネは老婆をじっと見る。
ネネの脳裏で何かが再生される。
リピートを繰り返された音声と、フィルムのような動画のような記憶。
昔々、確かにこの老婆はいたはず。
なのに、ネネの中でなかなか思い出せない。もどかしい。
「ねねちゃんやぁ」
老婆が笑う。
その声も、その笑顔も、
ネネの生まれたときには、もうなかったのに、
ネネは心から懐かしいと思った。
「おばあちゃん」
ネネは知らずにそう言う。
「よくきたねぇ、さぁ、あがりなさい。おいしいお茶菓子があるよ」
ネネの中でこの占い屋の民家が、
とても懐かしいおばあちゃんの家になる。
はじめて来たはずなのに、
おばあちゃん…バーバは、ずっとこの家にいて、
なんでかわからないけれど、ずっとネネのおばあちゃんでいたような気がした。
ネネの小さな頃の記憶に、バーバがいるような。
いないはずなのに、とても、泣くほど、大切なものの気がした。
「ネネちゃんも大きくなったねぇ」
バーバは小さな顔をくしゃくしゃにして笑う。
生きてきた年を刻んだ顔。穏やかな物腰。小さなおばあさん。
「おばあちゃん」
「なんだい?」
バーバは小首をかしげる。
ネネは言葉が続けられない。
何を言えばいいだろう。
「鋏師さんと一緒にいなさいな。お茶をいれるよ」
「うん」
ネネは何か言いたい。
バーバに何か言いたい。
「おばあちゃん」
「なんだい?」
「あの、…あいたかったよ」
バーバは顔をくしゃくしゃにして笑った。
子どものような、うれしいことを満面にした笑顔。
「あたしもあいたかったよ、ねねちゃんやぁ」
ネネも自然と笑顔になった。