上に行く線


ネネは夢を見る。
ネネは夢の中で、ここは夢の中なんだなと思う。
朝凪の街を歩いているのとは違う、
夢の中。
曖昧な、もやの中。
ネネは空にいる。
何かが飛んでいる。
すごい速さのような気がするが、夢のネネは見える。
視界にとらえられる。
「行け!戦闘機大和!」
(せんとうきやまと?)
ネネは夢の心の中で反芻する。
大和は戦艦じゃなかったっけかとか、
いろいろ思ったが、ネネは夢の中で目を閉じた。
戦闘機の大きな爆音が響く。
戦闘機大和。
ネネの心にそれだけ残った。

鼻がむずむずする。
ネネは大きくくしゃみをする。
『おはようなのです』
「うん」
ネネはぼんやり反応する。
まだ鳴らない目覚まし時計のアラームをオフにする。
起き上がって、大きく、背伸び。
「おはよう」
改めてドライブに挨拶。
ドライブは嬉しそうに、ちたちたと足踏みした。
ネネはあくびをする。
「ドライブ」
『はい?』
「ドライブは夢の内容読めたりする?」
『夢が解放されていれば、多分読めるのです』
「解放?」
『考えるのは、本当は誰でも読めるのです』
「ふむ」
『ただ、頭の中を読むように出来ていないので、読めないだけなのです』
「それをドライブは読めるわけだ」
『はいなのです』
「ふむ」
ネネは起き上がって、ベッドから降りる。
「それじゃ着替えるよ。ドライブも準備しといて」
『はいなのです』
その瞬間、小さな風が起きる。
窓は閉まっている。
ネネがベッドを見ると、ドライブはいない。
ちりりんと机から音がする。
ドライブは、寝床の帽子を一生懸命たたんでいる。
なるほど、突風を作ったのねと、ネネは納得する。

ネネは学生服に着替える。
髪をいつものように一つにまとめる。
鏡を見て、野暮だなぁと思う。
変に長いスカートだとか、野暮眼鏡だとか。
ついでに野暮な端末時計。
洗練されたおしゃれ!…とか言うものじゃないなぁと思う。
なんと言うか、やっぱり野暮だ。
「ドライブ」
ネネは帽子とハンカチをたたみ終えたドライブを呼ぶ。
机のそばに来て、手を差し伸べる。
ドライブが手を辿って肩に座る。

ネネは部屋の中で渡り靴を履く。
「それじゃ、行こうか」
ネネは端末をいじって、エンターを押す。
そして現れる、光の扉。
ネネは手をかける。
音などは聞こえない。
ただ、光の扉を開くという感覚。
ネネは感覚に神経を集中させると、
ゆっくり扉を開いた。

足を踏み出すと、渡り靴が部屋でない感覚を伝える。
そこは看板街だ。
看板工の居場所の近くにネネはいた。
空は看板ばかりで見えにくいが、
いつもの朝焼けの空のように、隙間から見えた。
「来たでがすか」
ヒョロヒョロしてもじゃもじゃの看板工のパラガスが、奥から出て来る。
「おはよう」
ネネは挨拶する。
「おはようでがす」
パラガスは微笑んだ。
「今なら、昭和島が凪ぎでがす」
「突風で飛べるかな」
「飛べるでがすけど、看板街を出て欲しいでがす」
「ああ、めちゃめちゃになっちゃう?」
「そうでがす」
パラガスはうなずいた。
ネネはわからないわけではない。
「どんな突風かはわからないでがすが」
「看板をめちゃめちゃにはしないよ」
「とにかく、通りに出て突風を呼んで欲しいでがす」
「わかった」
ネネはうなずく。
ドライブもうなずいたらしい。

ネネは自分の線を見る。
ネネの足元から、上に向かっている。
こんなに上に向かっているなんて、
ネネははじめて見たかもしれない。
いつもは道路や地面の上にあったから、
それが普通だと思っていた。
なるほど、上もあれば多分下もあるのだろう。
いろいろな方向に伸びて当たり前なのかもしれない。

「それじゃ、いってきます」
ネネはパラガスに挨拶した。
「気をつけるでがすよ」
パラガスが見送った。


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