昭和熟成
ネネはお茶を飲む。
どこかで飲んだことがある気がする。
昭和島のお茶なんて、そんなにあるわけがない。
安物のお茶ではないだろう。
じゃあどこでと思うが、見当がつかない。
普段お茶など飲んでないはずなので、
余計にわからないのかもしれない。
不思議な香りはどこかでかいだことがあり、
ネネの記憶に何か訴えてきている。
「流山さん」
ネネは声をかける。
流山が顔を上げた。
「このお茶って、昭和島だけのお茶ですか?」
「いかにも」
「うーん」
ネネはうなってしまった。
一言で決着つけられてしまった気がする。
「どこかでこの不思議な香りをかいだことがある気がするんです」
ネネは自分の疑問を言葉にしてみた。
流山が何か考える。
七海が口を挟んできた。
「昭和熟成、じゃないかな」
「しょうわじゅくせい?」
ネネは鸚鵡返しにたずねる。
「うん、昭和のにおいに置かれているお茶が、まれにそういうことをするんだとか」
「昭和のにおい」
「古びたところに置かれていたお茶じゃなかったかな」
「うーん」
ネネは考える。
考え抜く。
そこで一つネネの脳裏に出てきた人がいる。
「バーバ」
ネネはつぶやく。
そうだ、バーバのお茶だ。
「朝凪の町の占い屋の、バーバのお茶。ここのによく似ているんです」
「バーバか」
流山が目を細める。
「昭和も飲み込んで生きている人なのだろうな」
「バーバならそうかもしれません」
「年をとるとやわらかく強くなる。そんな風に年をとりたいね」
流山はにっこり笑った。
どこかさびしそうでもあった。
「流山さん」
ネネはまた、口を開く。
「ご家族とかはいないんですか?」
多分いないだろうなとネネは思う。
昭和島に七海と流山だけだろうなと思う。
流山は頭を少しかいたあと、答える。
「離婚をしたよ」
ネネは少し驚いた。
「子どももいてね、親権は妻持ちになったよ」
流山はぽつぽつ語る。
「昭和にかかりきりになる前のことだ」
「そのお子さんは今何をしていますか?」
「わからないよ」
流山は苦笑いした。
「昭和島に情報はほとんど入らないからね」
「あ…、そっか」
「ただ、いるとすれば君くらいの年代だと思うよ」
「そうなんだ」
「妻も強かった。だからきっとどこかで、したたかに生きているよ」
「逢いたいですか?」
ネネは問いかけてみる。
「逢いたくないわけじゃないけれどね」
流山は言葉を区切る。
「私の映画を見て欲しいというのが本音かな」
「映画」
「私の映画を見て、感じて欲しい。昭和にかけた親父が何をしたかったかを」
「言葉じゃないんですね」
「言葉じゃ伝えられないよ。不器用だからね」
流山は苦笑いした。
ネネはわかる気がした。
ぼそぼそとしゃべる野暮なネネに重ね合わせると、
なんとなくではあるが、わかる気がした。
「ネネはこれからどこに向かうのかね」
「あ、えっと」
ネネは自分の線を見る。
下に向いているようだ。
「また下になってる。今度は町の方かな」
「そうか、それでも凪ぎの時間が終わっているぞ」
「えー」
ネネは昭和島に入ってくるときのことを思い出す。
気象ノイズがすごかった。
凪が終わっているということは、もっとひどいのだろう。
「七海」
流山が七海を呼ぶ。
七海は飛行機乗りの帽子をかぶる。
「いつでもいけますよ」
七海が答える。
「それじゃ、ネネを下の町まで送ってやってくれ」
「了解」
七海はびしっと親指を上げた。
「え、あの」
「君は七海の戦闘機に乗りなさい。多少気象で揺れるが、七海の腕は確かだ」
流山が微笑む。
「もうすぐ映画も出来るはずだ。そのときまた来てくれるとうれしいね」
「はい、必ず」
ネネは反射的に答えたが、本当にそんな日が来るような気がした。
「さぁ、七海についていきなさい」
「お茶、ご馳走様でした」
ネネはお辞儀をすると、七海についていった。