道端の花
ネネはベッドから降りる。
夢の中の辛いものが残っている気がする。
雲の中に落ちてしまったもの。
大事なものが落ちてしまった気がする。
ネネは伸びをする。
今ならこんな風に身体が動くのに、
どうして手が伸ばせなかったんだろう。
ネネはため息をついた。
『あまり自分を責めるものじゃないです』
頭の中にいつもの声が響く。
「ドライブ、起きてたんだ」
『はいなのです』
机の帽子から、ドライブがひょこりと顔を見せる。
『夢の自分を責めるなんて、どうしようもないことなのです』
「そうかな」
『そうなのですよ』
「うん…」
『元気を出すのです』
「ありがとう」
ネネは答えると、着替えを始めた。
考えているだけじゃ、多分前には進めないのだ。
ネネは着替えをして、髪を束ねると、
室内で渡り靴をはき、
野暮な端末を手首にはめる。
ドライブも寝床を片付ける。
「ドライブ」
ネネはドライブに手を差し伸べる。
『はい』
ドライブはネネの手を伝って、肩にちょこんと座る。
「それじゃ行こうか」
『はいなのです』
ネネは端末のエンターを押す。
端末に光が集まり、
端末から放射される。
光の扉がネネの前に現れる。
ネネはためらいなく光の扉に手をかける。
(今度は手が伸ばせるはずだから)
ネネはそんなことを思った。
ネネは光の扉をくぐった感覚を持った。
ネネは風を感じる。
気がついたそこはレディのお店の前。
ふわりと風が吹く。
静かな朝凪の町だ。
ネネはステップを踏んでみる。
こっつこっつと軽く、硬い音がする。
どうやら戦闘区域ではないらしい。
レディは夢に見たという。
戦闘区域が拡大する予感。
そして、ネネが楽しそうに花を生けていたという夢。
ネネが泣き止めば花が咲くという。
ネネは道端に花が咲いているのを見つける。
手折ろうとして、思い返す。
自然に咲いているものを越えることはできないだろうと。
ネネは花をなでるにとどまった。
「ネネ」
店からレディが出てくる。
肥大した左手が狭い店ではちょっと邪魔そうだ。
「何してるの?」
「花を見ていたんだ」
ネネは答える。
「何の花?」
「わかんない」
レディが隣にやってくる。
「ネネは花を手折らないの?」
「生け花は自然を越えられないような気がして…」
「ふぅん」
レディもまた、花を見る。
「ネネは花みたいだね」
ネネはどこかで聞いたような、言葉を聞く。
どこだっただろう。
誰かがうっかり言った言葉のような気がする。
「小さくても精一杯咲いてるよ」
「そうかな」
ネネはそんなことは考えたことがない。
「ここにいるよって言ってる」
レディが花に左手を向ける。
肥大化した左手は、優しく花をなでる。
「すごく一途なところが、花とネネで似ているよ」
レディは立ち上がる。
「ネネは強いよ。自分をもっと認めてあげるといいよ」
ネネもゆっくり立ち上がる。
レディに目を向けると、レディは微笑みながらネネの頭をなでた。
「ネネはいい子だよ」
「わかんないよ」
「大丈夫だよ。あたしが保障するよ」
レディはにっと笑った。
ネネも微笑み返した。
「さて、今度はどこに行くの?」
レディが問いかける。
ネネは自分の線を見た。
また、見知らぬところへ通じているように見えた。
「どこだろう、看板街や国道とは違う方向かも」
「解体屋かな」
「かいたいや?」
「いろんなものを解体してくれるところ。主に機械を解体してる」
「そこに通じているのかな」
「でも、解体屋方面は、戦闘区域が近いからね」
「そうなんだ」
「うん、そこに注意していったほうがいいよ」
「ありがとう。レディ」
ネネは礼を言うと、レディの店をあとにした。
道端の花が、風に揺れた。
ネネは心地よい風を受けて歩き出した。