明日の凪に


教主をたたえる歌がする。
信者の中で波が広がる。
教主は空へ、そして神へ、
そんな歌が広がる。
辻は、ほうけたように空を見ている。
逆らう反教団のことなど忘れたように、
信者は喜んでいる。
光る球体を教主と思っていたのを裏切られたのに、
信者は教主を信じている。
やがて神になる人。
ネネはおかしいと思いながらも、
少しだけわかる気がした。
教団の人間は、自分たちのしてきたことを認められるのだ。
教主が神になると、救われるのだと信じている。
反教団も、朝凪の町の住人も、
教団が正しいとわかる気が必ず、そう、必ず来ると、
空の声で確信らしいものを持ったのだ。
肯定されると人は強い。
逆に言えば、否定されるとそれだけ脆くなる。
危うい線の上を、鉄板のようなものと信じている。
ネネにはそんな風に見えた。
それが、教えとか言うものなのかもしれない。

「どうしますか」
ネネに声がかけられる。
くぐもったその声は、勇者だ。
「線は空を目指している」
ネネは答える。
「それはあなたが空を目指しているからです」
くぐもった声が答える。
ネネはじっと線を見る。
ネネのステージの線。
ネネが飛び回り、回転して、戦ったりする線。
実際歩いたり走ったりだけど、
ネネはたくさんのことを、この線の上でしてきたと思う。
「次の朝の凪に、私は空を飛びます」
勇者は言う。勇者は凪が読めるのかもしれない。
「凪がわかるの?」
「わかります。そして、教主がまだ昭和島に到達していないのも」
「そうなんだ」
「明日の凪が勝負です」
「そっか」
器屋と鋏師が信者の中から出てきた。
信者に今は、戦う気がないらしい。
「しばらく歌っているのだろうね」
器屋が片眉をあげながらつぶやく。
鋏師もうなずく。
「明日の朝の凪に、朝凪の有志で空に行きます」
くぐもった勇者の声がする。
「空を飛ぶと一言で言うが、そんなに大勢は飛べまい」
器屋がよく通る声で言う。
鋏師もうなずく。
「あたしは行くよ」
ネネは宣言する。
迷うことはない、ネネはドライブがいれば飛べるのだ。
「ドライブ、突風では何人くらい飛べる?」
『多くても二人です』
ネネはうなずく。
「あたしを含めて二人。あと一人は?」
「勇者に行ってもらおうか」
器屋が何かをあきらめたように言う。
理の器のことだろうか。
鋏師もうなずく。
そして、鋏師は鋏を一つ取り出す。
「これ、線を断つ鋏です。レッドラムの線を断ってください」
「あたしに?」
「お願いします」
「うん、わかった」
ネネは鋏を受け取る。
華道に使う鋏によく似ていて、ネネの手になじむ。
「理の器は人を選ぶという」
器屋がつぶやく。
「どんな選択をしても、理は理だ。後悔することもあるかもしれない」
「理の器が教主を選んだとしても、やれることはやりたいです」
ネネは宣言する。
器屋はうなずく。そして、まっすぐネネを見据える。
「それでも、いずれ後悔をしますよ」
ネネはわかっている。
この言葉は器屋なりの激励の言葉だ。
励ます言葉であり、やる気を出させる言葉であり、
真実の言葉でもある。
いずれ後悔する。
ネネは後悔したくないから、がむしゃらに行く。
後悔も飲み込んでなんていってみるけど、
後悔はいつだって怖い。
走れ!己の思うところに!
何もかもが嫌いで無気力だったネネとは、
どこかが違う気がする。
どこかはわからない。
けれど、器屋の届いた声でネネは変わった気がする。
「後悔したくないよ」
ネネははっきり言葉にしてみる。
器屋は満足そうにうなずく。
「それでこそ、あなたです」
ネネは少し照れる。

歌を歌い続ける信者の脇をくぐって、
ネネたちは屋上から階段で下りてくる。
教主はいずれ神になる。
そんな歌声を聞く。
「神様って何をするんだろうね」
ネネはポツリとつぶやく。
『なんだっていいですよ』
ドライブが答える。
『明日ネネがどうにかするのです』
「どうにかって」
『ネネなら出来ますよ』
ドライブに断言され、ネネはだまった。


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