背負われた人


辻がネネたちのいる踊り場まで下りてくる。
「友井さん」
辻は涙声でネネを呼ぶ。
「あたしはこれから」
辻が何か言おうとして、言葉にならない。
涙でぐずぐずになる。
ネネはかける言葉が見つからない。
辻はようやく一人で歩き出せた段階なのだ。
水の底から、どうにか浮かべそうな段階なのだ。
軽い言葉が許される状態じゃない。
まだ辻に空気がない。
ネネはそんなことを思う。
辻の行先を決めていた占いは、
ネネの言葉で、辻から見切りをつけた。
辻はまだ前へと進めない。
ネネはそんな風に思った。

「あ、いたいた」
階下から声がする。
ネネは聞き覚えがある。
「器屋さんに鋏師さんも?ネネはいる?」
女性の快活な声。
きっとレディだ。
ネネは踊り場から下を見る。
下の階に、レディがいる。
大きく肥大した左腕で、誰かを背負っている。
「レディ」
ネネが声をかけると、レディはうれしそうに右手を上げた。
背負われた人もレディの後ろから身を乗り出す。
「ネネちゃんやぁ」
穏やかなその声は、バーバだ。
「バーバ!」
ネネはびっくりして、喜んで、感情がごちゃごちゃになって、
階段を駆け下りる。
「戦闘がいきなり中断されて、声が響いたから、バーバに聞きにいったんだ」
レディが言いながらバーバをおろす。
ちっちゃなバーバがみんなの前に姿を現す。
器屋も鋏師も勇者も、辻も下りてくる。
「結界はどうなったの?」
ネネがコピーの一枚で破った結界。
たいしたものではないだろうが、ネネは聞きたくなった。
「バーバが破ってくれた気がする。わかんないけど、ここに行くようにって」
レディはそう言う。
バーバは目を細めてうなずいている。
肯定も否定もしない。
「それで、みんなに会いに、バーバ背負ってきたんだ」
ネネはうなずく。
バーバもうなずく。
「ネネちゃんやぁ」
「バーバ」
「みんなと仲良くなったんだねぇ」
バーバはうれしそうにそう言う。
わかっているのかもしれない。
「いろんな人とお話できました」
ネネは隠さずに言ってみる。
バーバには、わかっているのかもしれないけれど。
「明日昭和島に行きます」
ネネがそう言うと、バーバは何度もうなずいた。
「シンジ君は元気かねぇ」
お天気の話でもするように、バーバはその名を出す。
ネネはふっと思い出す。
流山シンジ。映画監督。昭和島を作った人。
「シンジ君」
「そうだよ。立派な器を手にして、映画を作ると言ってたよ」
バーバはニコニコと話す。
ネネはなんとなく理解する。
流山もバーバに会っているのだと。
「シンジ君は元気だったようだねぇ」
「はい」
ネネは答える。
余計な言葉は要らない。
「昔ねぇ」
バーバが少し遠くを見る目つきをする。
「もっと大掛かりな集団がいたのよ」
「大掛かりな?」
ネネは問い返して思い当たる。
教団みたいなのが、あったというのだろう。
「シンジ君はその集団から逃げるようにしていたよ」
「器を手にしていたから?」
「さぁねぇ」
バーバははぐらかす。わかっていてもいなくてもこの答えなのだろう。
「そしてシンジ君は空に行ってしまったよ」
バーバはにっこり微笑む。
「ネネちゃんも空にまた行くようだね」
「はい」
「シンジ君によろしく言ってくれないかなぁ」
「きっと喜びます」
「ありがとねぇ」
バーバは何度もうなずいた。

「あ、いたいた」
誰かがやってくる。
ネネはその声に聞き覚えがある。
男の声、リディアだ。
「レディもバーバも、さっきの声で全部終わったんじゃないんですから」
「でも戦いは終わったんじゃない?」
「あの声が戦えといったら、信者はまた戦いだしますよ」
リディアはそう分析する。
「教団の勝利宣言でおさまっているようなものです」
「それじゃ、声の主をどうにかしないといけないわけだね」
レディが答えれば、リディアはうなずく。
「ネネちゃんやぁ」
バーバがネネを呼ぶ。
「いろいろお願いしたいことがあるのよ」
バーバは話し出した。


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