嘘みたい


バス停でネネとハヤトは別れ、
ネネはバスに乗って帰ってくる。
バスの中でいろいろ考えていたが、
もやもやして、そのうち、どうでもよくなった。
ハヤトは、最高のネネと華道を描くという。
ネネはそんなに自分が最高だとは思っていない。
ハヤトは絵画の大賞だってとっている。
そんなハヤトが描くというのなら、
もっとすごい美しい人とか、そういうのがいいのではないだろうか。
明日、描くことになっている。
どんなことになるだろうか。
ネネはなんだか素直にワクワクとできない。
心のどこかで、失うことを怖れているという、感情がある。
なぜかハヤトを失うことを、怖れている。
普通。ここまで普通でいたら、ハヤトがいなくなることなんてない。
何の変哲もない明日が来て、
ハヤトは放課後にネネを描く。
それだけが特別の明日がくる。
何でハヤトを失うと思い始めたんだろう。
ネネはもやもやする。
ハヤト、ハヤト。
戦いに行かないで。暗闇に落ちていかないで。
ネネは願う。
ハヤトを失いたくない。
感情の意味や言葉を得る前に、
失いたくないと思った。

家の近くで、ネネはバスを降りる。
時刻は昼過ぎ。
ぼちぼち歩いて、ネネは家に帰ってきた。
玄関を開けて「ただいま」と一言。
「おかえり」
ミハルが声をかける。
「ネネ大丈夫だった?」
「なにが?」
「駅のほうで、すごいことになったっていうじゃないの」
「え?」
「お父さんがテレビ見てるわよ」
ネネは渡り靴を脱ぎ、ばたばたと上がる。
居間ではマモルがテレビを見ていた。
「一歩間違えば大惨事だったそうだな」
「うん」
ネネはこの大型車の目の前にいた、とは、
親が心配するので言えない。
「これで駅のほうがうるさくなったから、帰ってきたんだ」
「そうか、すごいことになったらしいな」
「うん」
リポーターが何かを話している。
そして、近くにいた人にインタビューをしているらしい。
「佐川様が止めてくれたのです」
「佐川様が叫んだのです」
「佐川様のお力で、怪我人も少なかったのです」
佐川様佐川様。
タミの占いを冷やかし程度に来ていたものは、
これでますますタミを信じるかもしれないとネネは思う。
「佐川様って、あの佐川様かしら」
ミハルが居間にやってくる。
「ほら、数日前にテレビでやってた」
「ああ、あったなぁ」
マモルもネネも思い出す。
事故から救ってくれた佐川様という感じだったか。
「すごいのね、佐川様って」
「占いで救ってくれるのか」
「でも」
ネネは口を挟む。
「でも、ここまでやると怖い」
親二人はうなずく。
「そうねぇ」
「まぁ、占いに頼らないのもありではあるな」
ネネはじっとテレビを見る。
人ごみが膨れている。
警察に近づくなといわれているのだろうが、
野次馬も増えている。
タミはどこに行ったのだろう。
警察に何か聞かれているのだろうか。
でも、占いの力で大型車を止めたとか言っても、
信じられないと思う。
信じてしまっては、警察も意味がなくなる。
運転手も始末された感じがする。
警察の捜査で事故のことがわかるだろうか。
わかって欲しいと思う。
けれど、わからない気もする。
「以上、中継でした」
と、テレビで中継が終わる。
「死者が運転手だけというのが奇跡だな」
「怪我人はいたようだけどねぇ」
親が感想を言っている中、ネネは立ち上がって台所へ行く。
角砂糖を一つ失敬して、階段を上がる。
二階の自分の部屋へとはいる。

『ネネ』
「ドライブ」
ドライブは無駄箱一号の陰から顔を見せる。
「角砂糖持ってきたよ」
ネネは机に向かうと、ドライブに角砂糖を持たせて、
椅子に腰掛ける。
あたたかい日差しが差し込んできている。
さっきの事故が嘘みたいに穏やかだと、ネネは思った。


次へ

前へ

インデックスへ戻る