空へ


ネネは先を行く勇者の鎧をぽんと叩く。
勇者は戸惑ったようだが、
ネネはほっといて国道の真ん中に走っていく。
車が来ないこの国道は、無駄に車線が多い。
浅海の町では、この車線いっぱいに車がいる。
朝凪の町には車がない。
だからこんなに荒野みたいな感じがするのだろう。
ネネは国道の真ん中付近にやってくる。
植え込みはなくて、広い、道。
ネネは立ち止まる。
勇者が遅れてやってくる。
「ネネ」
勇者が声をかける。
「なに?」
「心の準備は出来ていますか?」
ネネはにやりと笑った。
「愚問」
ネネは一言で切り捨てる。
整理つかない気持ちは山ほどある。
でも、整理つくまで待っていたら、朝の凪を逃してしまう。
それを逃すと、教主が理の器を手に入れて、
教団を操る以上に好き勝手をする。
建前はそんなところかもしれない。
「いろいろあるけどね」
ネネはつぶやく。
「飛ぶしかないよ」
ネネの言葉に、勇者はうなずいた。

『行きますか』
ドライブが声をかけてくる。
「行こう」
ネネが答える。
「勇者、手をつないで」
ネネが片手を差し出す。
勇者は戸惑いながら、手をつないだ。
ガントレットの冷たい手だ。
でも、ネネはあたたかい手だと感じる。
ネネは力任せにぎゅうと握る。
「走るよ!」
ネネが叫んだ。そして走り出す。
勇者も無言で走り出す。
『突風行きます!』
ドライブが頭の中で声を上げる。
ネネは線の上を走っているイメージを持つ。
ロープの上を軽やかに危なげなく。
勇者もついてきている。
足元から風が吹く。突風だ。
ネネは突風を全身で感じる。
走っている渡り靴は、ダイレクトにネネに風を感じさせている。
「飛ぶよ!」
ネネが、思いっきり地を蹴った。
勇者が重い鎧で地を蹴る。
突風が下にもぐりこんでくる。
ネネは瞬間落下するような浮遊するような感覚を持つ。
それはすぐに風の感覚になって、
ネネは突風の上に乗る。
勇者もちゃんと突風に乗れている。
ネネはガントレットを離さない。
勇者もネネの手を握っている。
それが絆か何かのように。
ネネは風を操る。
ネネの線に乗せるように。
ネネの線はあの昭和島を目指している。
空の上に、雲の中に、浮かんでいるあの昭和島だ。
朝の凪なら声は聞こえないだろう。
でも、雲の中は気象ノイズがひどかろう。
ネネはそれでも突風の向きを変えない。
まっすぐ、まっすぐ、線がそうであるように、まっすぐ。
ネネの脳裏に浮かぶ色がある。
ひたむきな黒。
ネネは心の中で笑みを浮かべた気になる。
こんなときまでハヤトのことを考えてるんだなと。
ハヤトの目だったら、やっぱりまっすぐなんだろうとネネは思う。
はぐれもののふりをしていて、そのくせ一途でまっすぐでひたむき。
ネネは照れ隠しに、ガントレットを握り締める。
こっちが照れるくらい、一途なやつだよ、あいつは。
ネネは我知らず微笑を浮かべる。
明日は絵を描いてもらうんだ。
それまでに、このおおごとを片付けないとな。
「雲に突っ込むよ!」
ネネは叫んだ。

ざぁ…
雲の中に突っ込むと、そこは激しい気象ノイズ。
突風がまっすぐなのかもわからない。
ネネは上に下になる気象の渦の中で、
必死に突風を操る。
自分の線に突風を乗せる。
ただそれだけが難しい。
果てなく落ちている気がする。
上がりすぎている気もする。
雨あられの渦が起きている気もする。
体温が奪われるような気がする。
ネネは震えた。
気象ノイズが恐ろしいと感じた。
「大丈夫です」
ネネにくぐもった声がかかる。
ガントレットがネネの手を握る。
あたたかい。
「信じてください。自分を」
ネネはその手を握り返す。
前を見据える。
眼鏡に水が当たって見づらい。
それでもネネには見える。
ネネの線が、ネネにはくっきりと見えていた。
そして、無音の空間にネネ達は出た。


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