笑うこと


レディが待っている。
ネネはそこまで走っていく。
「端末端末」
「端末って言われても」
「点滅してるでしょ」
「うん」
「もうすぐ使えなくなる。この朝焼けが最後になるわよ」
ネネは目を見開く。
予感はあったけれど、こんなに早いとは思わなかった。
「みんなに挨拶してないし…」
ネネは見当外れのことを言う。
心の準備が出来ていない。
もう、朝凪の町に来られないというのだ。
「何か心残りはない?」
レディは言うが、山ほどある気がして、
一つ一つ片付けたいのに、何一つ片付けられない気がする。
「これでいいのかな」
ネネはつぶやく。
レディがネネの頭をぽんと叩いた。
「これからも、片付けられない心のこととか、出てくると思うの」
「うん」
高校生にしては、ずいぶん濃い時間を過ごしたような気がする。
きっと当たり前の時間の中で、消えていってしまうことだ。
夢だと片付けられてしまうことだ。
心の中はまったく片がつかないまま、
流れの中に流されていってしまう。
「全て片がついて終わらせられるなんて出来ないと思うの」
「うん…」
「片付けられない心を大事にして。それがらしいってことだと思うの」
「あたしらしいかな」
「忘れていっても、ネネはネネだから」
レディは微笑む。
「いくつも時がめぐったときに思い出せば、それでいいから」
ネネは目を伏せる。
どうしてみんなこんなに優しいんだろう。
ネネはなにひとつできていないのに、
何でみんなこんなに優しいんだろう。

肩に手が置かれる。
「みんな友井が大好きなんだよ」
ハヤトがつぶやく。
「他人だけど、ただの他人じゃなくて、大好きな他人なんだ」
「そう、なのかな」
「あー…」
「あ?」
「言いたいことあるけど、またにしとく」
「なんだよそれー」
ネネは頬を膨らます。
ハヤトは心底困った顔をする。
「言いたいんだけど、恥ずかしくて、その」
「恥ずかしいことを言いたいんじゃありません!」
ネネが頬を膨らませながら、噛み付くように言う。
ハヤトは困った表情をさらに困らせる。
「言っていいか?」
「言いなさいよ!気になるんだから!」
ハヤトはネネの目をじっと見つめる。
黒い目がネネでいっぱいになるような距離。
「俺は、ここの住人よりも、ずっと、友井が好きだ」
ネネの鼓動が、一瞬静かになって、跳ね上がる感覚。
「え?」
ネネは聞き返す。
「あー、恥ずかしいんだから何度も言わせるなよ」
「え?」
「えじゃない。ほら、端末がもう終わりなんだろ」
「あ、え、はいはい」
ネネは端末を見る。
点滅している。
それはこの朝焼けで終わりなことを示しているらしい。
レディがニヤニヤとネネを見ている。
「彼氏?」
「なんでもいいですよ、もう」
レディはこらえられなくなって大笑いをした。
ネネもつられて笑う。
ハヤトも笑う。
笑いはどんどん伝染して、
なんだかすごく楽しくて、みんなで笑う。
赤い花の瓦礫の下で、
朝凪の町が笑いに包まれる。
戦闘区域とか、恨みを持った千の線とか、
そんなものはもうないのだ。
轟音を立てて、国道に戦闘機が着陸する。
みんな無事なんだ。
ネネは、うれしいということをかみしめた。
とてもうれしい、底抜けにうれしい。
よかった、すごくよかったと思う。

レディがネネの肩を引っ張る。
「端末は回収するよ。浅海の町には、神社から帰るんだ」
「神社から」
ネネは思い出す。
はじめて線を辿って行った先だ。
「本来なら、理の器とやらが奉納されるところなんだって」
「ごしんたいとか?」
「多分そんなの」
ネネはネネなりに納得する。
「さ、早く行かないと。朝焼けが終わっちゃうよ」
ネネはうなずく。
腕から端末を外すと、ネネとハヤトはレディに端末を返した。
「じゃあね!」
ネネは駆け出す。
笑い声の響く朝凪の町から。
ハヤトが鎧姿のまま、ネネに続く。
ネネはそれがおかしくて、また、笑った。


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