人のネット


アキはコーヒーをすすり、
見知らぬ世界のどこかのコーヒー園を想像する。
そこは毎日コーヒー豆を育てるための、
コーヒーの木と死闘を演じる、戦場の最前線だ。
コーヒーの木なんかは、まだ、おとなしいほうだから、
こうやってまだ、コーヒーという飲み物が、
屈服したコーヒーから刈られて、流通経路に乗っている。
植物は基本的に、太陽と風と水以外には、
従おうとしないところがあるとアキは思う。
だから、人は刃物と火を使う。
そうやって、この緑で呪われた世界で生き抜いていくしかないとアキは思う。

コーヒーは、昔に比べると高くなったらしい。
タバコも、茶も、植物由来のものは高くなったと聞く。
暴れる植物と、花毒と戦い、
命をかける嗜好品。
金がどれだけあっても足りないのかもしれない。
そして、その嗜好品を摂取するには、
少しばかり一部の人間はデジタルになってしまったなとアキは思う。

繰り返すようだが、この世界は花毒の脅威にさらされている。
摂取を重ねると、細胞から植物化していく代物だ。
それを防ぐにはどうすればいいか。
いくつかの手段があり、その中のひとつがデジタル。
サイボーグ化である。
いわゆる、機械の身体になってしまい、花毒の脅威から逃れるという手段。
デジタルの感覚はアキは想像できないが、
皮肉なことに、サイボーグ手術が一般的になってきた、この世界だから、
情報や感覚を伝達する手段や、それを処理する手段。
いわゆる電脳産業は成長していっている。
機械同士のやり取りは、すでに基盤が出来上がっていた。
あとはその応用。
植物の呪った大地に、電脳のネットワークが広がる。

アキは、コーヒーの最後の一口を飲む。
誰かが命をかけて、金にするためにコーヒーから奪った豆が、
極東の田舎町でゆっくり飲まれる。
戦う誰かはそのことをどう思うだろうか。
アキはどこかの国のコーヒー園の戦いなんか、
カフェを出たら思い出しもしないだろう。
アキはマスターに勘定をして、カフェのドアを開く。

あらぶる桜の根。
ここに道路があって、桜通りと呼ばれていた名残だ。
海の波のように大きくうねった桜の根が、
道路の名残をコテンパンにしている。
ここはネオ水戸シティ。
ここはアキの住む町。
アキはこの桜通りに、それなりの仕事をしにきた。


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