花術師


アキは、桜通りの跡地を歩く。
うねる桜の根が、アキの行く手を阻むように隆起している。
桜の幹は、実質ない。
一昔前だったら、切り株、で、済んでいた代物が、
うねる根の上に鎮座している。
幹はない。枝も葉も花もない。
ただ、その根が生きるべくうねっている。
アキはその桜通りの現状を見て、
一応報告どおりだと考える。
そして、ここに生きた芽が出てきていたら、
やがて花毒を持つ可能性がある。
桜の花毒は強い狂気も持ちかねない危険なもの。
桜通りを可能な限り見てくれとのことを、
アキは公的な機関から依頼されていた。

アキは、銀色の金属を取り出す。
拳大で、そう重くはない。
スイッチがいくつか。
アキはそのスイッチを入れる。
ジャッと、音を立てて、金属の塊が流れるように変形する。
次の瞬間、アキの手には大きな銀色の鋏がある。
説明を入れると、
この金属の塊は、アキの「自在鋏」というもので、
金属の質量と同じ質量であれば、
どんな道具にでもなれるという代物だ。
アキは刃の極端に薄い、鋏に変形させることが多い。
金属の塊と同じ質量ぎりぎりの大鋏が、
アキの手にあらわれる。
これは、脳のイメージと、金属の可変技術と、様々の技術が一緒になったもので、
一般にはなかなか流通していない。
職人の道具だと思っていただければいい。
アキは職人。
花術師という職人だ。

アキは自在鋏を手に、桜通り跡地を観察する。
アキの花術師という職人としての勘が、
いぶきを感じ取る。
狂気の萌芽。
この通りの桜の根がよってたかって、ひとつの芽をひねり出して生み出そうとしている。
そう感じるのは、花術師ならではだ。
アキは花術師の感覚を、解放させる気分になる。
感覚を植物仕様に開く。
それは、植物の感情ともまた違う声を聞くことになる。
仕事のためにはこんな声も聞かなくてはならない。

アキの感覚が、桜を感じる。
桜の感覚、それは笑うような、ちょうしっぱずれの歌のような。
それが一点に流れている。
アキは軽やかに、うねる桜の根を越えていく。
桜の感覚を、アキは、追う。
アキが花術師であるから。
銀の大鋏を、羽のようにひらめかせて、
アキは走る。


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