木漏れ日の下


昔ながらの番号票を受け取り、
窓口からの呼び出しを待つ。
明るく壊れた市役所は、それでも騒がしく通常業務をしていて、
アキは人の底力を思い知る。
結構、状況に対応できるんじゃないだろうか。人というものは。
そりゃ、これだけ植物に囲まれていれば、
花術師がいないと業務どころではないのは、アキでなくてもわかるが、
人が、日常をおくるということ。
それが出来るというのは、すごいことなのかもしれないとアキは思う。

大災害という非日常から、
大災害後という日常へ。
植物に囲まれた市役所は、日常を送っている。
アキは上を見上げる。
天井もすがすがしく壊れていて、
木漏れ日が射している。
この欠片見える空の下、
どこかの空の下じゃ植物を屈服させていて、
どこかの空の下じゃ誰かが電脳化の手術をしているかもしれない。
大災害後。
いろいろ変わってしまっても、この極東の小さな水戸はあまり変わらなくて。
旧首都のように静かに壊れたわけでなく、
分権都市のように活気に満ちているわけでなく。
花毒の脅威にほどほどさらされながら、
普通をつかみとった町だとアキは思う。
普通、それでいい。
静かに花術師やってて、静かなこの町をちょっと飛び回れればいい。
何かが暗躍するわけでもなく、
何かが英雄になるわけでもなく、
普通であればいいと思う。

待合室の椅子に座っているアキの足元に、
もぞっとした気配。
アキが足元を見ると、猫だ。
黒猫、足が靴下はいたかのように白い。
アキはかがむと、猫をそっとなでる。
植物じゃない感覚。
人でも動物でも、そういうものに触れた感じがずいぶんなかったなぁと思う。
知らず、笑み。
猫はごろごろと喉を鳴らす。
木漏れ日の下の穏やかな時間。
猫はアキの手に甘えるように。

アキの番号が呼び出される。
アキは猫の小さな頭を名残惜しげになでると、
「またね」
と、小さくいって窓口に向かう。
猫はじっとアキを見ている。
何かを見つけたような、そうでなくても穏やかなまなざしで。


次へ

前へ

インデックスへ戻る