武術師


武術師。
大災害前で言うところの、武術家だと、
肉体を武術に親しませているものという、
そういった意味合いが強い。
武術師というのは、華道家が花術師に変質したように、
大災害後では職業としてだいぶ変わっている。
武術。
それは、武器を何でも用いることが出来る。
格闘技にも精通していて、本当に戦うための職業だ。
守るためなら殺してもいいという、矛盾した免許があり、
アキは理解できないけれど、
何かを守るためなら、ためらいなく殺すことが出来る職業。
その武術師が目の前にいる。
彼は銃をしまい、アキに向き直る。

「怖い目で見ないでくださいよ」
武術師と名乗ったその男は、肩をすくめる。
「珍しいの。武術師が」
アキは答える。
答えながら、自在鋏を塊に戻す。
「花術師の鋏に殺しをさせちゃいけないって、俺も必死だったんすよ」
「必死?」
「結構怒ってるし、こりゃ俺が殺さないと殺すなって、思って」
武術師の男は、敵意なく笑う。
「花を相手にしてると、芸術も好きっすか?」
「…わからない」
アキはうつむく。
アキの怒りの発火地点まで見透かされている気がする。
居心地がいいのか悪いのかわからない。
「アキ、さん。助川アキ、さん。っすよね?」
武術師の男は、区切って尋ねる。
アキはうなずく。
「俺は雇われました。いくつか守って欲しいものがあると。そのひとつがアキさんっす」
「わたしを?」
「アキさんには、きれいなものを相手にしていて欲しいって、依頼でいわれたっす」
「そもそも、依頼って…」
「依頼主は内緒っす。今のところは」
男は内緒というように、人差し指を立てて口に持っていくポーズをする。
人をくったようなやつだ。
彼の口元は笑み。
ゴーグルで、目が笑っているのかがわからない。
アキは男に呼びかけようとする。
大体なんでとか、いろいろ。
ただ、呼びかけようにも名前がわからない。
男は、気がついたらしい。
「俺は、格田ソウシといいます」
「…格田さん、だいたいなんで…」
「ソウシって呼んでくれますか?」
まだ死体の転がっている、市役所の植物の中、
武術師のソウシは、アキに微笑みかける。


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