芸術を求める


意外に思われるかもしれないが、芸術館は営業している。
外には件の現代アーティストのオブジェが並んでいるけれど、
内側はほぼ通常通りに営業している。
芸術家のグッズのお店も、軽食の食堂もやっている。
内側も、幾分静かな芸術が並んでいるという。
パイプオルガンも週末に演奏され、聞きに来る一般のお客もいる。
水戸の奇妙な100メートルの塔は、
さすがに内部がめちゃめちゃになったので上れないが、
倒れることなく、植物に囲まれてさらに奇妙になっている。
ただ、劇場だけは今のところ復旧の見込みはないという。
「劇場の損壊がひどかったんですか?」
アキは情報を得るべく、グッズショップの店員に聞き返す。
「市役所さんには言ったんですけど、大災害のあとあたりから、扉が開かなくて」
「市役所からは聞きましたけど、誰かがいるようだ、とは」
「歌がね、聞こえるの。だから、誰かいるって思って」
歌。またどうしてだろう。
「歌の内容はわかりますか?」
アキは歌や音楽をそれほどたしなむわけではないが、尋ねる。
「椿姫だと思う。何でだか、そう思ったの」

店を出て、パイプオルガンの下、
アキとソウシは考える。
「椿姫すか、直球できたっすね」
「あいにくは音楽は、よくわかんないんだ」
「えー、普段何聞いてるんすか」
「行きつけのコーヒー屋で適当なのを」
「コーヒー屋ってなんでしょうね。ジャズでもかかってますか?」
「んー…バーチャルインサニティ?」
答えたアキに、ソウシは爆笑する。
「とんでもないコーヒー屋っすね。このご時勢に仮想の狂気とか」
「いいから、話進めるわよ」
「はいはい」
「そもそも、椿姫がよくわからない。花毒と関係ある?」
「ええとっすね、椿姫はオペラっす。心情を歌うんすよね」
「日本の?」
「舞台は外国だと思ってください。オリエンタルな椿をもてはやしてる外国」
「ふむ」
「で、椿姫は高級娼婦っす。たしか」
「娼婦ねぇ…」
ますます花毒と劇場がめちゃめちゃになっていく。
イメージが折り合いついてくれない。

「どうします?」
ソウシは訊ねる。
「しゃあない。椿姫に会いにいくよ。そうしなくちゃいけない気がする」
「了解」
ソウシがうなずき、歩き出すと、ミトとハチも続いた。
ついてくるらしい。


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