椿の夢
椿姫は歌う。
高級娼婦だとか、アキはソウシに聞いた程度の知識しか持っていない。
そんな設定とかそういうものを越えているとアキは思った。
ここにいるのは椿姫で、
それ以外何者でもないと思った。
歌うために命を燃やし、椿の王国を治めるものだと、
アキは感じた。
椿の感覚がアキに入り込んでくる。
花毒耐性はあるけれど、植物の感覚は精神衛生上よくないはず。
椿が燃えるイメージをアキは持つ。
舞台を取り囲むようになっている、三階まである客席。
その空間を埋め尽くす椿が、
燃えるイメージ。
夢だろうか、命を燃やすことが椿を燃やすことなのだろうか。
ああそうか、道連れにしているんだ。
アキはなんとなく理解する。
最後まで椿の姫である彼女は、
無数の椿をともに、逝くんだ。
椿の感覚が入ってきているからかもしれない、
アキは理解する。
椿姫は命を燃やし尽くして、歌い終わったら絶命すると。
椿姫は、歌う。
アキの知らない歌を。
声は花のように美しく彩られ、
椿のイメージが燃える。
燃えるその中、椿姫は歌う。
劇場は花と炎と、たった一人の姫と。
最高の歌、そのために作り出された舞台装置。
アキは観客に過ぎない。
ただ、ここにたどり着いた観客に過ぎない。
炎が光り輝くほど。
高らかな、声。
最期だ。
歌の残響。
沈黙、そして、崩れる椿。
椿姫も植物にすらならず、笑顔で崩れる。
それは、全て燃やし尽くして灰になったと感じさせるには十分で。
狂気の椿はさらさらと舞台から客席から消えていく。
アキの身体から、椿の感覚が引いていく。
夢を見たように、劇場には何も残っていなかった。
無数の椿も、椿姫も、植物の感覚が見せた幻のように。
アキは頭を振り、近くにあった椅子に腰掛ける。
「すごかったっすね」
ソウシがつぶやく。
「なんか、感覚が共鳴みたいな感じ、きもちわるい…」
アキは素直につぶやく。
ソウシがぽんぽんと頭を叩く。
「その感じをあの人は伝えたかったんすよ、きっと」
「うん…確かにすごかった」
もう、劇場には何も残っていない。
全てが夢であったかのように。