吸血鬼オギン
アキは椅子に腰掛ける。
椿も椿姫も消えた劇場は静かだ。
無音、そこに、拍手。
たった一人と思われる、拍手。
アキは緩慢に拍手の主を探す。
まだ感覚が元のようには戻ってきていない。
「誰っすか、あんたは」
ソウシがどこかを向いて訊ねている。
アキはソウシの向いている先を見る。
観客席の誰もいなかったはずの一角、女性がいる。
椿姫とは違うとはわかる。
今までいただろうか。
「あたしはギン。吸血鬼のオギンさ」
ソウシが殺気を解放しようとしている。
アキはそれを肌で感じ取り、やめさせようとして、
ソウシの服の端っこをつかんだ。
「アキさん?」
「だめ、わかんないけど、だめ」
足元でミトもにゃあとなく。
「わかりました」
ソウシはとりあえず殺気や殺意を抑えたらしい。
武術師は殺すばかりでなく、
精神力もそれなりに、きりかわりが早いらしい。
「すごい舞台をありがとう」
オギンは礼を言う。
「外の変な奴らより、もっとすごい芸術よ」
オギンは立ち上がる。
年齢は若く見えるけれど不詳。
グラマーな体格をしていて、色気がすさまじい格好をしている。
「オギンさん」
アキは呼びかける。
「吸血鬼って、あたし達を襲うんですか?」
オギンは虚をつかれた顔をして、そのあと、からから笑った。
「あたしはベジタリアンの吸血鬼なのさ。人と植物の間の奴が好きでね」
「ベジタリアン…あ、外の」
アキは思い当たる。
外の現代アーティスト達の植物が生気ないことを。
「そう、外の奴らの血を幾分いただいたよ。あれが何やってるのか知らないけどね」
オギンはにんまり笑う。
吸血鬼という鬼のわりに、邪な感覚はない。
ただ、普通に野菜を食べるように植物人間を食べている。
アキはそんな気がした。
「夜になったら大工町においで。彼氏と一緒に、さ」
「彼氏?」
アキは聞き返す。
オギンはおかしそうに笑うと、すっと暗がりに消えた。
「彼氏?」
アキは尋ねる人がいなくなって、
ちょっと困ったようなソウシのことに気がつかなかった。