夜を待つ


アキは市役所に連絡を入れる。
椿姫と名乗っていた女性が、
歌を歌って多数のツバキとともに消滅したと。
かいつまめばそういうものだったけど、
それ以上をアキは伝えることが出来ない。
アキの言葉はこういうときに無力だ。
それでも、対植物窓口の市役所職員は、
アキの言葉を的確に汲み取る。
「最近植物に昔以上の儚さを求めるのもあるしなぁ」
電話の向こうで職員がぼやく。
「儚さ?」
「あと、自分と植物を同じものだと思い込む奴とか」
「なにそれ?」
「対植物の案件整理しててな、いろいろあるのさ」
「お疲れ様」
アキは心からそう言う。
窓口の職員は苦笑いした。
「武術師の兄ちゃんはいるのか?」
「え、はい。いますけど。かわりますか?」
「いや、いるならいいや。いれば夜の大工町だって大丈夫だ」
「え?」
「俺流の冗談だ。さて、まだ仕事あるんだ。報告ご苦労さん」
市役所職員の通信は、そうして切れた。

少し時代がかったアキの端末は、沈黙する。
首をかしげるけれど、答えてくれるものでもない。
アキは、植物の生い茂った中に、
宙吊りの石が鎮座しているアートを見ていた。
昔はここに池があったりして、夏場は子供が遊んでいたらしい。
視線を移動すれば珍妙な水戸の100メートルの塔。
これも蔓植物なんかが絡まって、
出来た当時のぎらぎらびかびかした感じは見る影もない。
「報告おわったっすか?」
ソウシが声をかけてくる。
「うん、一応」
「これからどうします?」
ソウシが問いかける。
アキは視線を塔に向けたまま、
「……夜になったら大工町に行ってみる」
「そうすか。じゃあ俺も行きますよ」
アキとしては危険なところに行くつもりだったけれど、
散歩にでも行こうというノリで、ソウシは答える。
アキはきょとんとした顔になり、次に、まじまじとソウシを見る。
「なんすか、見てても何もでないっすよ」
「それは、依頼されてるから?」
「それもありますけど、なんすかねぇ…興味、ですかね」
「興味?」
「俺もよくわからないっす、そんなにじろじろ見ないでくださいって」

日が傾きかけの頃。
植物はかさかさと。
どうなるのもそうなるべきのように。


次へ

前へ

インデックスへ戻る