酔いの森


ソウシは大工町の近くの、
古いコインパーキングにエコカーをとめる。
町表記上は大工町になるのかもしれないが、
大工町と一般的に言われているのは…
アキは、通りを挟んだ向こうの、うっそうとした森を見る。
通称酔いの森。
混沌の歓楽街大工町を覆っている、
無秩序に成長した快楽の森だ。

「クーロン城の小さいのみたいっすね」
ソウシはすたすた歩き出す。
アキも、ハチもミトも後を追う。
「クーロン城?犯罪の巣窟って言うあれ?」
「とっくに壊されたんですけどね、ああいうロマンっすよ」
ソウシの言うロマンは理解できない。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
酔いの森はもう数歩歩けば、アキを飲み込むに違いない。
アキは意を決して、大工町へと入っていった。

外を覆っている枝を払って、
がさがさと中に入る。
酔いの森の中は、一昔前の古い雑居ビル群。
そこに出ている飲み屋の看板無数に。
飲み屋だけでなく、歓楽街でもあることは、アキでもわかる。
ぼんやりした電灯と、看板の内側の明かりで、
大工町は嘘っぽく明るい。
空は森に覆われていて星も月も見えない。
隠れているんだ、と、アキは思った。
この森は隠れ家なんだ、大きな大きな。
人影が無個性だけど、よろよろと千鳥足で歩いている。
大災害後でも快楽は重要なんだなと、
アキは思う。
理解はしにくいけれど、
気持ちいいと思うことは、バランスとるのに必要なんだろうと、勝手に思う。

「にゃあ」
ミトが、ハチを降りてすたすたと歩き出す。
「ついてこい?」
「にゃあ」
ミトは、アキの視界を知っているかのように、すたすたと先を行く。
途中でソウシと合流して、
ソウシは振り向き、
「こっちっすよ」
と、手招きする。

怪しげな森の町。
彼ら以外に頼るものは何一つなくて。
アキは置いていかれるのがいやで、必死になって追った。
この森の中では、
人も植物も機械も電気も、
全部ごちゃごちゃになっていて、
そこに溶けたらアキは消えるような気がした。
端的に言うと怖かった。


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