快楽


嘘っぽい明かりがぎらぎらあちこちに。
ソウシはミトとともに散歩でもするように大工町を歩き、
アキはその二人を追う。
そのアキの横には、守りでもするかのようにハチがいて、
ただの犬であろうに、少し頼もしい。

上のほうで酔いの森がざわざわなる。
夜の大工町がアキを見て笑った気がして、
アキは、大工町が大きな生き物のように錯覚する。
あるいは、錯覚ではないのかもしれない。
「アキさん」
前を歩いていたソウシが、すっとアキの隣にやってくる。
「怖くないっすよ」
「こわがってなんか…」
「俺がついてます」
ソウシは微笑む。
アキを安心させるためか、余裕から出るものか。
「ちょっと歩きながら話しますか」
ソウシはアキのペースで歩き出す。
「アキさんは植物の感覚がわかるって聞きますけど」
「うん」
アキは答える。
嘘をついてもしょうがないし、椿姫のときによくわかったのかもしれない。
「大工町は、とけた町っす。人間も植物も電脳も」
「それは?」
「境界が曖昧になって、どんな属性であっても快楽が得られる町。そういうことっす」
「それは怖いものじゃないの?」
「んー…」
ソウシはちょっと考えて、
「今までアキさんが出会った人の数、刈った植物の数…そういう無数の物の上にアキさんがいて」
「あたしが」
「うん、人が人であるために必要なものって、そのくらい無数なんです。俺が思うに」
ソウシは言葉を区切り、
「それで、大工町はそのごく一部だけを取り出すに過ぎないんです」
「ごく一部?」
「快楽なんて、ちっぽけなものに過ぎないと、俺は思います」

路地の先でミトがにゃあと鳴いた。
「大工町の本質は、快楽だけでないとは思います。本当の快楽は…また別っすよ」
「ソウシ、じゃあ…」
「それとも、…いや、なんでもないっす」
ソウシは何か言おうとしてやめた。
アキはそれを聞きだしたかったが、
すたすたとミトの方に行ってしまったので、聞き出すことは叶わなかった。

ミトのいる位置には、シャッターがひとつ。
ミトはそのシャッターをないもののようにくぐっていく。
「ここから地下っす。ミトは、知ってるっすよ」
アキはシャッターに向かう。
何が待っているのだろう。


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