どこからどこへ


アキの意識は、ゆらゆらと。
いわゆる夢を見ている。

懐かしい感じがするのは、
アキの中の記憶がこの感覚を作っているから。
アキの経験、アキの思い、アキの過去。
アキの刈った植物、アキの触れた芸術。
ごちゃごちゃに混ざって、
アキの感じる懐かしいものになる。

アキは草原にいる。
草原がなぜ懐かしいかはわからない。
風が強く吹いて、
草原は同じ方向に波打つ。
この草原は、人が植物になった草原だろうか。
花毒でみんな植物になってしまったんだろうか。
アキはかがむ。
草原を作っている草が歌う。
植物の歌だ。
アキは安堵する。
これは生まれた時から植物だ。
よかった、だれも死んでない。
植物になってない。
アキはそう思った。

アキは立ち上がる。
すると、さっきは見えなかった、
草原の向こうに扉。
だれか懐かしい人がいると感じる。
扉の向こうには、
きっとお父さんがいる。
お父さんは、大きな手でいつも髪をなでてくれた。
お父さんは、
と、アキが父のことを思い出そうとして、
途端にアキの感情がそれを邪魔する。
お父さんは、お父さんは、
ノイズのように走る、
古ぼけた病院と、
暗い廊下に置き去りのアキ、
そして、バタバタ走る看護師と大人。
アキの記憶がフラッシュバックする。

アキは草原の扉を開けない。
懐かしいこの夢の、
扉を開くことができない。

草原の中。
アキは一人ぼっち。
アキはどこから来て、
アキはどこに行くのだろう。
風が吹く。
アキは植物がそうであるように、
泣くことも絶望することもできない。

なのに。
懐かしい草原があたたかいのは、なぜだろう。


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