戦士の国ディアン


荒れ地から草原、そして森林地帯。
ラシエルとの中継点になるであろう、戦士の国ディアンの国は、
その、森林地帯の開けたところにある。
針葉樹林がそびえたち、木の匂いがする。
砂漠とは打って変わり、風の温度は低い。
「ええと…」
テルが地図を確かめながら指をさす。
「やはりこの道で良いみたいです。このままいけばディアン、ディアンから北西でアージュの町、ディアンから東でラシエルへ行けます」
アージュという町の名前に、ジュリアの表情が曇ったような気がした。
気づかずにテルは続ける。
「まず、ディアンで装備を整えませんか?戦士の国ということもあり、装備は良いものが揃っていると思いますよ。それに…疲れていますしね」
テルの提案にルートも賛成した。
「そうだな、剣もぼろぼろだし、打ち直す潮時かもしれないな。ラシエルに行く前に寄っていこうか」
一行は腰を上げ、
テルは地図を閉じた。

ディアンに向かう、針葉樹林の森の中、
イリスは、何かを見つけると、駆け寄って行った。
ルートがあとに続く。
イリスはしゃがみこみ、回復魔法を使った。
ルートはしゃがみこんだ、そこを見る。
見れば、一匹のウサギが、傷を負っていたらしかった。
ウサギは回復魔法で回復をすると、しばらく鼻をひくつかせ、どこかへ駆けて行った。
「やさしいんだな、イリスは」
ルートは何気なく言う。
「あのウサギが子だったら、母が悲しむ。母だったら子が悲しむ…お父様からの教えですわ」
「教会のほうからの、か」
「でも、母の悲しみは、ちょっとだけ、わかる気がしますわ」
「イリスも女だからな。さぁ、行くぞ」
ルートがテルとジュリアの元に戻る。
イリスは一度振り返った。
振り返った先で、ウサギの親子がイリスを見ていた。
傷を癒したのが、どちらのウサギかはわからない。
イリスはウサギの親子に微笑みかけると、一行を追った。

ディアン城は一言で言えば巨大な城塞。
高い塀が町を囲んで、その中心に城。
塀自体も、武装されており、そしてそれを守る兵士達も屈強だ。
門前で身分証明が云々あったが、何とかテルが言いくるめてくれた。
門をくぐって、テル曰く「頭はさほどじゃないですね」

ジュリアは酒が飲みたい、と、酒場に向かい、
その他一行は武具屋に向かった。
その途中、ルートは一人の戦士とぶつかった。
「あ、すみません」
「いや…君、ジャクロウという剣士を知っているか?」
「いえ…」
「そうか…それならばいいのだ…急いでいるので失礼つかまつる!」
異国風の戦士はそういって去って行った。

武具屋には、さすが戦士の国らしく、業物が揃っていた。
ルートは軽く口笛を吹いた。
テルは財布の中身と武器防具の値段を計算し出し、
イリスは…イリスは、武具屋の壁によりかかっている、一人の青年を見つけた。

羽飾りつきの紫の帽子、同じ色のマント、
服といえるほど軽装でもなく、かといって、重装備でもなかった、
ただ、その装束は高貴な印象を与える。
マントの留め具には見覚えがあった、聖なる町ラクリマの聖騎士の証だ。
そして、眼が…どこか何かを軽蔑しているような、高圧的な感じがあった。
彼は長い槍の打ち直しを頼んで、鍛冶屋の前にいるらしかった。
イリスは声をかけてみた
「あの…ラクリマの方…ですか?」
青年は一瞬身構えたが、相手が女性ということでか、構えをといた。
「ああ、なにか?」
「私、ある村の教会で、見習いのシスターをしています、イリス、です。あの、ラクリマの町なら、教会の中心だし、何かお話しが伺えないかと…」
「そうでしたか、シスターイリス。私はミシェル、ミシェル・F・メディタ。以後よしなに…」
ミシェルと名乗った聖騎士は恭しくお辞儀した。
「あの、お辞儀なんてそんな…そうだ、聖騎士は教会を守るために配備されるんでした…よね、なぜ…」
「『魔』を倒すため…『間違えた神』を倒すため…魔城ルナーへ赴く途中なのだ…」
「『間違えた神』…?」
「世界創造の時に間違えて作られてしまった神だ。私はそれを倒さねばならない」
イリスの脳裏に何かが閃いたような気がしたが、イリス自身はそれが何を意味するのかわからなかった。
「『魔』を殲滅させなければいけない。それが私に科せられた使命だ」
イリスは、ミシェルの手をぎゅっと握った。
「がんばってくださいね!」
それだけ告げると、イリスは買い物の終わったテルの待つ方へ向かっていった。
ミシェルはしばらく、握られた手を見ていた。

酒場にはジュリアがいた。
「さっきまですごかったんだぜ!かぼちゃ頭とエルフの踊り子で飲み比べやってたんだ!」
「へーえ、で、どっちが勝ったんですか?」
興味を示し、ルートは訊ねる。
「エルフの方さ!もう、すごいったら…」
エルフの踊り子は人の輪の中で大騒ぎを楽しんでいる。
村で見掛けたあの時の彼女に相違ないだろう。
「あれ…あの人も村にいましたよね…」
テルが指差した先には、踊り子と行動をともにしていたディーンという剣士がいた。
向こうもこちらに気が付いたようだ。
「また会ったな」
「ご無沙汰してます」
言葉少なにルートとディーンは会話を交わした。
「目的はラシエルじゃなかったか?」
「ええ…」
「今はまずい、ここの国王が、ラシエル間の洞窟を封鎖している」
「どうして…」
「わからない…」
酒場の喧騒の中、沈黙が降りた。

その日取れた宿にて、
ルートが提案した。
「明日、国王に謁見してみようと思う」
「…洞窟封鎖の件ですか?」
テルも承知していたようだ
「善は急ぎたいところだが、とにかく今日は休もう」
「賛成、じゃまたな」
ジュリアはそう言うと、部屋に戻っていった。
イリスも部屋に戻ろうとしたが、振り返ってルートに訪ねた
「ルート…あたし嫌な感じがするの…あのお城…」
「ナンセンスです、イリス、眠りなさい」
「…そうする」
テルに諭され、イリスも部屋に戻った。
「しかしテル…僕もなんだか嫌な感じがする…」
「ルートまでそんな…根拠は?」
「勘だ」
それだけ言うと、ルートはさっさと眠ってしまった。
テルは窓から見える城を見あげた
何だか本当に嫌な予感がしてきた。
「ナンセンスです、寝ましょう」
ランプの火を消し、テルも眠りについた。


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