死闘のあと
「流石詐欺師…二枚舌は伊達じゃない、か?」
ジュリアが軽口を叩く。
「でも、奴がこっちの戦闘に集中したおかげで、リード王は…っと!」
フェンダーは言葉の途中で慌てて火球を避けた。
ルートは視線を泳がせた。
黒い気体に包まれていたリード王は、床の上に横たわっている。
「ルート!ぽやっとすんな!」
ジュリアからの声。
間一髪で避ける。髪が焦げた匂いがした。
ルートは心の奥で戦いを楽しんでいた。
ぎりぎりになりながらも、とっさに避けたつもりで左手をわずかに焦がしても、
何故かこの戦いを楽しんでいた。
ルートにとって、懐かしい感じがした。
「リズムがある…」
ルートはそう呟いた。
「なんだって?」
フェンダーが聞き返す。
「魔導師の詠唱から発動まで。リズムがあるんだ」
「わかんねぇぞ…」
「聞いたことないか?『新たな神はまた生まれん』だよ…」
ルートは汗だらけの両手で剣を持ち直した。
そして、低く歌った。
脳裏に、子守唄のような女性の歌声がする。
時の神は始まりにして最後
幾つもの神を作り給う
ここまで魔術師は詠唱
手の中に作り上げられる火球を認めつつルートは続ける。
たといあまたの神失うとも
新たな神はまた生まれん
ルートの歌の終わりと同時に火球が飛んだ。
三人がおのおの跳躍してかわす。
魔術師はまた、早口の詠唱を始めた。
ルートはフェンダーとジュリアを見やって、頷く。
二人も承知して頷く。
「うおぉぉぉぉお!」
フェンダーが咆えた。
右腕にはめられた大きな爪から空気を裂く音と魔導師を裂く音がした。
魔導師は詠唱をしている。
間髪を入れずにジュリアの短剣が魔導師の腕に刺さる。
両手で結ばれていた、印が解かれる。
「…新たな神はまた生まれん!」
ルートは歌のリズムに乗るように、疾走し、火球の出来上がった魔導師を袈裟切りした。
出来上がった火球は暴走し、魔導師自身を包み込んだ。
「神よ…神よ…正しき神よ…」
それが最期だった。
リード王はやがて意識を回復し、事の顛末を聞き、驚愕した。
「バッキングは、バッキングはどうしてしまったんだ!」
「兄さん、僕はここにいるよ」
先程蹴破られたドアには、バッキング王が立っていた。
「兄さんは騙されていたんだ…でも、これからがある…二人でディアンを…いい国にしよう…」
バッキング王は切れ切れにそれだけ言った。
「ああ…」
リード王は言葉少なに答えた。
「フェンダー。お前にも協力してもらうと思うが…」
「お言葉ですが…俺は協力することは出来ません」
「何故?」
「俺はルート達と一緒に魔法王国ラシエルへ向かいます」
「そうか…」
王たちは、それ以上追求しなかった。
「僕としてはパーティメンバーが増えるのは構いませんけど…いいんですか?」
「フェンダーはラシエルに行きたいだけなんだ。たまにはいいだろう」
と、王から妙な答えをだされた。
そしてジュリアはある事に気がついた。
「バッキング王。テルとイリスは?」
バッキング王は町のとある宿の一室を告げた。
ルートは駆け出していた。
(嫌な予感がする)
(昨日から予感していた。あの感じだ)
どこをどう走ったのか覚えていない。気がついたらその部屋の扉を乱暴に開けていた。
そこには、ベッドに横たわるテルと、心配そうに見守るイリスがいた。
イリスはルートを認めると、
「あたしが、あたしがもっとしっかりしていれば、テルが王様をかばって、こんなひどい怪我をすることなかったのに…」
泣きじゃくり始めたイリスを退け、ルートはテルに話し掛けた。
「すみません…油断しました…」
息も切れ切れだ。
「テル、お前はここで休んでいろ。場合によっては村に帰った方がいい」
「無理してもついていきたいんですけど…それこそナンセンスですね」
テルは息を吸い込み、
「いってらっしゃい」
と、明るく告げた。そのテルの身体は、あちこちぱっくりと大きな傷ができていた…
テルの怪我は命に大きく関わるものではないらしい。
ただ、あちこち大きく怪我をしているので、治療は必要とのことだ。
医者の言葉に、ルートはそれだけは安心をした。
このまま、テルが死ぬのではないかという不安が、去っていったようだった。
宿から出ると、ジュリアとフェンダーが待っていた。
「いかなくちゃなんないんだろ?」
「ああ…」
ルートは短く答えた。
「ラシエルとを繋ぐ洞窟の結界は解除されたそうだ」
「そうか…」
「いきましょ。ルート」
イリスが言った。
ルートはテルがいる部屋の窓に向かって言った。
「いってくるぞ!」
そして彼らは歩き出した。