魔法王国ラシエル
結界を解かれたというラシエルへの洞窟は、ディアン城から東の雪原を越え、少し離れたところにあった。
「距離にして大体半日ってとこかな?」
と、地図を見ていたジュリアが呟いた。
「洞窟までならな…」
といったのは、フェンダーだった。
「どういう事ですか?フェンダーさん」
「魔法王国ラシエルは険しい山々に囲まれている。外を繋いでいるのはディアンサイドのあの洞窟と、港町シリンサイドの間道だけだ。しかし、ディアンサイドのあの洞窟は、すさまじく複雑な仕掛けがあって、並大抵の根性無しじゃ抜けられない…ということだ」
「よく知ってますねぇ…」
手放しでルートは感嘆した。
「ま、何度かラシエルには行ってるからな…」
フェンダーの表情が穏やかなものになった。
「さ、行くぜ」
フェンダーが腰を上げた。そしてその足取りは軽い。
「…ラシエルに恋人がいるとみましたわ」
それまで黙っていたイリスが言った。
「イリス、わかるのかい?」
「ええ、間違いなく恋するものの眼差しでしたわ」
「ふーん…あの熊みたいなのがねぇ…」
そうやって三人はフェンダーについていった。
洞窟までは、案外順調な道のりだった。
途中に、ディアン兵のなり損ねのような狂戦士や、ディアン熊などが戦いを挑んできたが、
ルート達は難なくそれを倒した。
おかげで日が暮れる前に洞窟まではたどり着く事が出来た。
「さて、ここからだな…」
ジュリアが気を引き締めるように言った。
そしてフェンダーを見やると、
「ええと、あいつに貰ったメモがこの辺に…」
フェンダーはおもむろにごそごそとしていた。
「フェンダー様?何か?」
イリスが訊ねる。
「ああ、ラシエルにいる、奴から貰ったメモが…あ、あったあった」
「仕掛けの抜けかたか?」
「ふふん、そのとーりだ!」
フェンダーは胸を張って見せた。
「どれどれ…」
ルートが覗きこむ。
「あ、これはな、このメモの逆を進むといいんだ。やっぱりラシエルの事を考えてるんだろうな。そんなに警戒しなくても、俺は機密事項は守る主義だから大丈夫なのになぁ…おかげで最初メモにしたがった時は大変だったぜぇ…あいつ何も言わないんだもんよ」
それだけ言うと、フェンダーは元気よく洞窟に入っていった。
「なぁ…フェンダーって、ラシエルのそいつに、実は嫌われてんじゃねぇ?」
「わざわざ逆のものを記したメモを渡したりしますものねぇ…」
「それに気がつかないフェンダーも、そうとう鈍いというか何というか…」
「やっぱり恋は盲目ですわね」
ルートは女性二人のそんなやり取りを聞きながら、あとからついていった。
「ええと、『次の水晶は右のものに触れる』…」
「じゃあ左に触れるんでしたね」
水晶は一種の転送装置らしく、パーティは別の場所に転送される。
「これって間違えるとどうなるんですの?」
「入り口まで戻される。もう、最初メモにしたがった時はそんな訳で大変だったんだぜぇ…」
「…はぁ」
「次は『上の水晶に触れる』…」
「じゃあ下のものですね…」
やがて、外に出た。
空には満天の星。ラシエル近くは空気がきれいだから、星がいっぱい見えると、ずっと前にテルが言っていたのを、ルートは思い出していた。
「洞窟抜けたのか?」
「抜けたは抜けたが…番犬がいるんだ…」
パーティーの眼前には谷があり、
谷には一つだけ橋が吊られていた。
橋の前に…3つの首を持った獣がいた。
「…番犬…ですか?これ、キマイラじゃないですか!」
「前のより首が増えたなぁ…」
「フェンダーさん!何、悠長な事言ってるんですか!」
「前は2つだったような…その前は1つ…」
フェンダーが思い返しているらしい。
「と、とりあえずですね、これをおとなしくさせないとラシエルに行けないわけですね…」
「そういうことだな!」
フェンダーが元気いっぱい突撃していった。
「やれやれ…やるっきゃねぇか…いくか、ルート」
「そうですね…イリス、支援を頼む」
「了解ですわ」
残る三人も、臨戦態勢に入った。
血気あまったフェンダーの活躍により…
どうにか、さしたる傷もなくルート達はキマイラを倒した。
「この俺の勇姿を見れば、あいつも考えが変わるのになぁ…」
「鮭をとった熊みたいな姿見てか?」
「この…ジュリア!熊熊言うな!」
ジュリアはケラケラ笑って橋を渡っていった。
フェンダーがそれを追いかけ、
ルートとイリスは慌てて二人を追いかけていった。
橋を渡りきり、少し歩くと、水晶の固まりのような建物が見えてきた。
「あそこが魔法王国ラシエルだ」
夜の中に、それでもきらきらして、ラシエルの城は建っていた。