それぞれの思惑
ラシエル城は少し変わっていた。
普通は、城下町と城が別々のものだが、ここは、城の中に一般の人間も住んでいた。
城塞都市というのではなく、「城」という建物の中に、民も王も共にいるのである。
よって、建物自体も、思った以上に巨大であった。
「それでも、ある程度は民の居住区、王の居住区は分けられてるらしいんだけどな」
フェンダーが説明を補足した。
「ラシエル王は、なんでそんな風に民と共にいるのでしょうか?」
「抱え込みすぎんだよ…」
ルートの誰ともなく投げかけた問いに、フェンダーはぽつりと答えた。
ルートはとっさにフェンダーの顔を見たが、フェンダーは既に歩き出していた。
「ディアン国近衛兵隊長、フェンダーだ」
フェンダーのこの一言で、ラシエルの門番は門を開けた。伝令係だろうか?男が一人、城内に行った。
「熊の名前でびびってやんの」
いつもならば、「熊というな!」というフェンダーのつっこみが入るが、今回は、フェンダーは何か別の事を考えているようだった。
「王は既におやすみでございます。部屋をご用意いたしますので、おやすみになってから…」
ルートは嫌な事を思い出していた。
「大丈夫だ。ここの王はそんな事したりしねぇよ」
察したのか、フェンダーがルートの頭をくしゃくしゃとした。
フェンダーはルートよりずいぶん、がたいがいい。
ルートは、なんだか子ども扱いでもされたような気分になった。
そして、フェンダーの言うに違わず、それなりの部屋にルート達は案内された。
部屋で伸びをしながら、ルートは旅が終わりになることを思っていた。
「異変の事を調べて、テルのお父様に知らせれば、終わりなんでしたよね…ルート」
イリスも同じ事を考えていたようだ。
「そっか…じゃ、お前らとも、明日でお別れかぁ…」
ジュリアは今気がついたように呟いた。そして続けた。
「なんだか、ずっと同じようにいれそうな気がしたんだがなぁ…」
「同じようにって…ずっと旅して…ってことですか?」
「なんとなく、だ」
ジュリアが席を立った。
「明日は王に謁見だろ?正装してけよ!」
その日はそれ以上の会話もなく、皆、疲れた体を休めた。
翌朝。謁見をしに城内を歩いていたルート達は一人の踊り子を見付けた。
「あー!ルート君だぁ♪」
踊り子ラミリアの方でも目敏くルートを見付けてきた。そのままルートに抱きつく。
イリスがすごい眼で踊り子を睨んだ。
ルートは踊り子にたじろぎながらも、彼女の喉に喉仏を見付け、慌てて引き離した。
(そういえば、いやに声が低いと思ったが…)
考えを振り切るようにルートは視線を巡らせた。
「あれっ?一緒にいた剣士さんは…」
「ディーン君?探し物の情報があるとか言って、別行動決まっちゃったの」
これから一杯どう?との踊り子の誘いをやんわり辞退して、一行は王室へと向かった。
王室には、若きラシエル王がいた。
中性的な容貌に、青い瞳。青を基調とした衣に、長い金色の髪が素直にかかっていた。
「私がラシエル王。ミラ8世だ」
「ディアン国、近衛兵隊長フェンダーです…」
フェンダーが跪いて、やけにぎこちなく自己紹介をする。が、
「あーっ!クライルぅ!俺は死ぬほどお前に逢いたかったんだぁ!!!」
フェンダーがラシエル王に飛び掛かる。
あるいは、感極まって抱きつこうとしたのかもしれない…
が、見えない壁に阻まれ、思いっきり顔面を打ちつけて玉砕した。
「クライルっ!そんなに俺の事が嫌いか?」
「用件は?それだけは聞こう」
あくまで冷静にラシエル王=クライルは問い掛けた。
「ルート…用件だとよ…」
フェンダーはがっくりと肩を落としてルートを促した。
「あの、これの事なんですけど…」
ルートは村の南の森で取ってきた樹皮を差し出した。
ロボットに使われていたものの、残りだ。
従者が樹皮を受け取った。
「これを使用した機械が突然暴走を始めたんです…で、調べてみたら、森の環境が原因じゃないだろうかと…そのことならば、ラシエルで調べた方が良いだろうと…」
ルートはかいつまんで説明をした。
テルのように、うまくはいかない。
従者が王に樹皮を渡した。
「環境か…他に環境のことでの異変はないか?」
「ディアンの南。砂漠のオアシスの水が異様に減っている…」
ジュリアは簡潔にそれだけまとめた。
「ふむ…」
王は難しい顔をしていた。
「なぁクライルぅ…俺、ディアンで大変だったんだからさぁ…」
「大変?私はお前がいる事で大変だ」
「そーじゃなくてさぁ…『正しい神』だのとかいう魔導師がリード王をたぶらかしてさぁ…俺まで投獄されるし…もぉ、少しはいたわってくれてもいいんと違うか?」
フェンダーがそこまで言うと、王は難しい顔をさらに難しくして、考え込んでしまった。
「この件については私が調べておく。明日また来てくれ」
そう言い、ルート達を退かせた。
そして、王は天井を見上げ、
「時が来たか…」
と、呟いた。
ルート達は同じ部屋に通された。
「クライル直々に調べ物するなんて、滅多にない事だと俺は思うんだ。もしかしたら、よっぽどの事なんじゃないのか?」
フェンダーが言った。
「それよりも、熊はホモだったという方がジュリア様はびっくりだね。この、ホモ熊」
「ぐ…」
フェンダーは言葉に詰まった。
「それよりルート!あの女性は誰でしたの?」
「女性?ああ、あの踊り子の…」
「そう!」
イリスがすごい眼で睨んでいる。
「村でヴァーン研究所のロボットが暴走した事件があったろう?あの時に助けてもらったんだ」
「本当にあの女性とはそれだけ?」
「あの人は男性だよ」
「え?」
イリスの眼が点になった。
「…とにかく、結果を待つしかないわけだ」
ルートはそう言って会話を終わらせた。
「もしかしたら…」
ジュリアがぽつりと呟く。
「もしかしたら、この件を解決するには、どこそこへ行かなくてはならないとか言ってさ、また、何だかんだいって旅が続くんじゃないのかな…とか思ったりしてさ…」
一同は黙っていた。
「あたしゃそれでもいいと思うよ。この連中と付き合うのも悪くないしさ…」
ルートはその言葉に何かを感じていた。
或いは、まだ旅が続きそうな予感…
そして…
真夜中、ラシエル城上空で黒い竜と、そのしもべの翼竜達が闇に溶け込んでいた。
「ねらいは緑の瞳の女。名をジュリアという。傷ひとつつけずにルナー城へと連れる事!」
黒い竜に乗った仮面の剣士が翼竜達に命を下した。
同じ頃、ラシエル城のはるか地下。
水の化け物と思しき怪物達が指示を待っていた。
「ねらいは『このこと』をかぎまわっている輩。少しでも知る者は抹殺せよとの命だ!」
同じ頃・別の人物が、同じ命を下した。
「突撃!」
ラシエルに危険が迫っていた。