混戦


物が大きく壊れる音でルートは目を覚ました。
魔法王国ラシエルの、魔導師達が右往左往しながら、モンスターだ怪物だと騒いでいるのが聞こえた。
ルートは最低限の装備を整えた、そこへ、イリスが扉を開けて入ってきた。
「ジュリアさんが…」
「どうした」
ルートは出来るだけ簡潔に用件を聞きたかった。戦わなくてはならない。一刻も早く。
頭の中でそればかり鳴り響いていた。
「制止も聞かずに…戦いに行くって嬉しそうに飛び出して…」
「ジュリアさんはそういう人だ」
「でも!戦うなんて危険ですわ」
「危険が好きな人種もいるんだ」
「そーゆーこった!」
何時の間にかフェンダーがいた。完全に武装をしている。
「あたし、それでも、戦いたくはありませんわ…」
イリスはそこで意を決したように顔を上げ、
「あたし、ジュリアさんを必ず連れ戻してきますわ!これ以上無意味な戦いをさせないために!」
「そうか」
ルートは戦闘準備を終えた。
「イリスはジュリアの方を頼む!戦いを止めないようなら、生きてかえれるよう、サポートを頼む」
イリスは神妙に頷き、駆けていった。
「クライルが…」
「フェンダーさん、心配する前に行動するのがフェンダーさんではありませんか?」
ルートはにやりと笑った。
フェンダーは笑いかえし、無言で駆けていった。ルートも後を追った。

王の間までの距離間に、二種類のモンスターが出てきた事をルートは感じた。
翼竜系と水妖系。それぞれが別々の目的で、ここ、ラシエルへ攻め込んできたらしい。
それは、戦い方が、かなりちぐはぐな事から見て取れた。
王の間に近づくほど、水妖系が増えていった。
「クライル…」
水妖系のモンスターが、王クライルを狙っている事をフェンダーも察したらしい。
「うおぉぉぉおぉぉお!」
フェンダーが咆えた。
手にした大きな手っ甲状の爪から水妖達の断末魔があがった。
修羅だ。いや、羅刹だろうか?いや…鬼だ。そこには鬼がいた。
「どきやがれぇ!」
鉤爪の一閃。3、4匹の水妖が壁に叩き付けられ、或いは、引き裂かれた。
「クライルはどこだぁっ!」
水妖が何匹も固まっている扉をフェンダーは見付けた。
その瞬間、扉にいた水妖が、上下バラバラにスライドし、息絶えた。
「フェンダーさんにばかり、いいカッコさせられませんよ」
と、剣の構えを直しながらルートが不敵に微笑んだ。

フェンダーは乱暴に扉を蹴破った。
「クラ…」
叫ぼうとしたそのフェンダーの腕に、何かが倒れ込んできた。
「何だ…お前か…」
荒い息をつきながら苦々しそうにそれは言った。
「クライルっ!」
「はなせ…」
フェンダーは慌てて手を放した。
「翼竜と水妖…翼竜の狙いは分からんが…水妖の狙いは確実に私のようだ…」
ルートとフェンダーに、クライルはそれだけ状況説明すると、早口で詠唱をし、氷塊を水妖にぶつけた。
「クライルは、俺が守る!」
「死んだ方がマシだ…」
毒づくクライルの息が荒い。かなりの魔力を消耗しているに違いない。
「水妖の…リーダーは二匹…あそこにいる…」
クライルが指差した先には、男性体と女性体の水妖…人魚のようなモンスターがいた。
クライルは呼吸を整える。
「これだけ戦力があれば十分だ。リーダーのみを叩く。統率を失った残りの水妖は、ラシエル魔術師団が掃除してくれるだろう。翼竜については…こいつらを始末してから考えよう」
「了解ぃ」
フェンダーが腕をブンッと振った。
「ミラ王…」
「クライルでいい」
「では、クライルさん、回復魔法は使えますか?」
「使用可能だ」
「援護、頼みます」
「承知した」
剣士と戦士、そして、魔導師は水妖のリーダーに戦いを挑んだ。

『お前達も…あのことをかぎまわっているのか?』
頭の中に声が響いた。
『邪魔だ…』
『殺してしまいましょう』
男性の声…女性の声…確実にこちらを見下し、軽蔑している。
「るせぇ!」
フェンダーの爪がうなった。
男性体の水妖に醜い傷痕が残った。が、女性体の水妖がその傷をたちまちにして治癒をした。
「女性体から狙え!回復されると厄介だ!」
クライルからの指示が飛んだ。
ルートの剣がうなりを上げた。

同じ頃、ラシエル城の大広間でジュリアは孤独な戦いを強いられていた。
「くそっ!数が多すぎる!」
援護はあってなきに等しい。ラシエルの魔術師団は王を狙っていると予測される、水妖の方へとほとんどが割かれているようだ。
「もともと、あたしゃこんな性質だったっけねぇ…」
一人で戦う。そうやって生きてきた。
「今までも…これからも…」
そういえば、少しの間だけ仲間だった、奴等はどうしただろう?
「もう、関係ない…あたしが、一人で戦う事を選んだんだ…」
ジュリアは笑った。そして、短剣を構えると咆哮をあげ翼竜を斬った。
生物を斬る手応えも、すっかり手に馴染んでいる。
そこへ…黒い竜が降りてきた。
ジュリアは構えを直した。頬を拭うと、血液が一筋、甲についた。
「ひけぃ!」
黒い竜に乗った剣士は翼竜達にそう、命を下した。
翼竜は素直に従い、夜の闇に消えた。
剣士は竜を降り、ジュリアに近づいてきた。
剣士は顔を仮面に覆われ、表情がつかめない。不気味だ。
ジュリアは構えをとかない。いや、動けないのだ。
(何者だ!?)
剣士は近づいてくる。ジュリアは動けないまま、そこにいた。
「探しました…」
剣士がジュリアの頬に触れた。
「私と同じ風を持つもの…同じ、緑の瞳をした…魔族の末裔…」
剣士はジュリアの頬に置いた手を額に移し、
「安心して…お眠りなさい…」
剣士の指から、霧のようなものが出て、ジュリアに吸い込まれていった。
ジュリアの身体は力を無くし、剣士の手に落ちた。
やっと、安心できる場所を得たかのように…見えたのは錯覚であっただろうか。
剣士は片手でジュリアを支えながら黒い竜に乗ると、
「目的は果たした!ルナー城へ戻るぞ!」
と、号令を下した。

この光景を、大広間の柱の影で震えながら、イリスはすべて見ていた。


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