苦い夜明け
ルートの剣から悲鳴が上がった。
女性体の水妖には醜い切り口があり、足元には切り取られた腕が落ちていた。
拾い上げて接合のために回復魔法を唱えようとした瞬間、
喉の部分が肉片に変わった。
切り裂いたのはフェンダーの鉄の爪だった。
女性体水妖は打ち上げられた魚のように口を何度かパクパクして絶命した。
「次はてめぇだ!」
フェンダーが鉄の爪で指差した。
『うるさいゴミが…』
男性体水妖が三つ又の槍で突いてきた。
フェンダーの肩の肉がわずかに持っていかれた。
クライルが回復魔法を唱え、フェンダーの傷を癒す。
フェンダーが突撃する。
水妖は水の流れるように、フェンダーをかわす。
ルートの剣が振り下ろされる。僅差でかわされる。
「ちっ!」
ルートが舌打ちをした。
相手は素早い。どうにかして足を止めたい…
そう思った瞬間だった。
「離れろ!」
と、クライルの声がした。条件反射でよける。
フェンダーとルートで死角になった箇所、
クライルから氷塊が飛び、水妖の足元に炸裂した。
足の止まった水妖の身体が切り裂かれたのは、その、数秒後だった。
『あの方のもとへ辿り着く前に…息の根を…』
絶命間際にそれだけ言うと、水妖は、水へかえった。
残った水妖はラシエルの魔術師達が掃除した。
しかし、同時に攻めてきたとされる翼竜は、見当たらなかった。
ほぼ魔力を使いきって疲労も頂点に達していようと思われる王、クライルは部下達からそれだけ報告を受けると、てきぱきと次の指示を与えた。
「抱え込み過ぎなんだよ…」
壁にもたれながらフェンダーが呟いた。
「お前に言われる筋合いはない」
凛としてクライルが言い放つ。
「王様ったって、まだ23だろ?も少し誰かに頼ってもいいんじゃねぇの?」
「もう、23だ」
3つ違いなのか…と、ルートが妙な感心をした時、蹴破られて壊れている扉から誰かが駆け込んできた。
「イリス!無事だったのか…よかった…」
ルートはちょっと間を置き、
「ジュリアさんは?どうしたんだ?」
と、問いを入れた。
イリスは泣き出してしまった。
「ジュリアさんは翼竜達を率いている剣士にさらわれた…剣士はジュリアさんを同族だとか言っていた…と」
混乱したイリスの話から、ルートはそれだけまとめ上げた。
「あたし…ジュリアさんを連れ戻せなかった!あたし、翼竜達を目の前にして、足が竦んで動けなかった!」
イリスが自分を責め立てる。
「イリス…」
ルートが何か言葉をかけようとすると、泣き顔のままイリスはまくしたてる。
「あたしは足手まといなんだわ!ええそうよ!村から出た事も無く、実戦経験はほとんど無し、かろうじて回復魔法が使える程度!あたしの…あたしの力が足りないから!テルも大怪我をして、ジュリアさんもさらわれた!みんなみんなみんなあたしのせいなのよ!」
イリスはそこまで言い放ち、ルートをきっと睨み付けた。
「あたしは今のままではルートの側にいられない!きっとルートの足手まといになるわ…だから、あたしは力を手に入れにあたしの道を行く!いつかルートと肩をならべる事が出来るまで、あたしはあたしでがんばってみるから!」
イリスの目に、何かの決意らしきものが宿る。
ルートは何かを言おうとするが、
イリスはそれでもまくし立てる。
「あたしは力を手に入れる!ルート、そのときに、あなたに告げたいことがあるの…それまでは、さよなら。また逢えるはず。でも、それまではさよならよ。いい?引き止めないでね!」
「イリ…」
ルートが何か言おうと間抜けな声を出した。
それでもイリスは続ける。
「何も言わないで!すべてはあたしがルートと肩を並べるくらいになったときに聞くから!それまではさよなら!引き止めないで!お願い!離れるのがつらくなってしまうわ!ルートをつらくしたくはないの…お願い、引き止めないで…」
イリスはそれだけまくしたてて、じっとルートを見た後、
涙を大げさに振り払い、クライルの部屋を出て行ってしまった。
ルートは何も言えなかった。言う暇を与えられなかったのだ。
「思い込みが激しい女だなぁ…」
ぼそっとフェンダーが呟いた。
戦士たちは各々の傷と疲れをいやし、
やがて、メンバーを二人も失ったまま、苦い朝がやってきた。