ルートとフェンダーは再び謁見にやってきた。
クライルは昨日と変わらないよう、そこにいた。
「まず…昨日さらわれたという女性…ジュリア…と、いっただろうか?」
ルートは頷いた。
「彼女は魔族の末裔だ。緑の瞳をしていただろう。戦闘を好む性格も、そこから起因しているのだろう」

魔族…15年前に大規模な『魔狩り』があり、魔女や魔族、魔物が多く狩られた。
ルートは、そんな事をぼんやり思い出していた。
そうした難を逃れた『魔』達が住まう場所が、魔城とうたわれているルナー城…

「だとすれば、さらった輩の居場所は魔城ルナーを置いて他に無いだろう」
クライルは、ほぼ、断言した。
「ルナー…」
場所は分かっているが地図に記されない場所。呪われた地とも噂されている。
「それから、異変の原因が判明した。おそらくは…」
クライルはここで言葉を区切り、
「おそらくは、神の力が混乱しているのだ…」
「神?」
こんなところで御伽噺を聞くとは思わなかった。ルートはそう言った。
「神は御伽噺ではない。存在している。ただし、われわれ人間と大差はない…」
クライルは前置きして話し出した。



世界は混沌であった。
混沌はやがて『意志』を遊離させた。
『意志』は混沌を秩序持たせ、『世界』とした。

『意志』はあらゆる物を混沌から創り上げた。
最後に生命を作り上げると、『意志』はそれを良しとした。

そこまで『世界』を創り、『意志』は疲れたので眠りに就く事にした。
そして『意志』は自分の力を『意志』に一番近い生命達に分ける事にした。
それは即ち9人の男女。
そして男女は力を持ち、新たなる名前を持ち、神と呼ばれた。

即ち、光神ケテル、日神コクマ、月神ビナ、火神ゲブラ、水神ケセド、
愛神ティフェレト、風神ホド、地神ネツァ、死神イェソド
そして『意志』は時神マルクトと名乗った。
ゆえにマルクトは始まりにして最後の神である。

そしてマルクトは告げた。
その力は限りないが、お前達『器』には限りがある。
時が来れば『器』を交代しなければならない。
力に執着してはならない。力を移さなければ、世界に恐ろしい事が起きよう…

マルクトは聖地セフィロトに眠り、世界の柱となった…



「創世紀ですね…」
そうだ、とクライルは肯定した。
「時が来れば『器』の力を別の者に移さなくてはならない…ですか」
「『器』が力に執着したため、異変が引き起こされているのだ…」
「神話は御伽噺ではないのですか?」
「御伽噺ではない。現に…」
クライルはここで言葉を区切ると、
「それが、歴史だ」
と、答えた。

「ほとんどの場合は、『器』から『器』へ力が少しずつ手渡しされる。何らかの形を取るらしいが、これは、神々によってさまざまのようだ。しかし…『器』交代の時が来ても巡り合わない場合は…」
「その場合は?」
「前の『器』は神の力をなくし、死ぬ。一方、新しい『器』には強制的に新しい神の力が流れ込む…そうして、『器』が発狂してしまう事もあるらしい…時の神は巡り合うようにしているが…逆らうと、そのような事になるらしい…」
クライルは遠くを見やった。
「神にもよるらしいが、何百年か周期でそのように受け渡しが行われているらしい。しかし…あろうことか…今回はほとんどの神の受け渡しの周期が重なっているらしい…神の力の混乱が続けば、やがて、世界の異変はもっとはっきりした形を取るだろう」

ルートはそこまで聞くと立ち上がった。
「俺に何が出来るか分かりません…しかし、神の事を求めて世界を歩き、足掻くくらいは出来ます。まずはジュリアさんを探しに…ルナーへと赴くつもりです。知った以上、何かしないと…いられないような気がして…」
ルートは歩き出そうとした。
「まてや」
フェンダーが引き止めた。
「よくわかんねぇけど、世界の一大事だろ?俺も足掻かせてもらうぜ」
フェンダーはニヤッと笑った。
クライルは従者と何か会話をしている。従者は驚愕した。
「それでは、ラシエルは…」
「私がいなくてもやっていけるだろう。それだけの力は各々持っている」
クライルはルートとフェンダーに向き直ると、
「やれるだけやってみよう。ルナーへ行くのなら、途中にラクリマという町がある。そこならば神について『器』について、詳しい情報があるはずだ」
クライルも笑った。
「こうしたものも、何かの縁だ。足掻こうじゃないか。微力でも、何か事は起こせるだろう」
一同は頷いた。

ルートはファナの村に手紙を送った。
旅はもう少し続くこと。
ディアンから傷が癒えたテルが帰ってきたら、よろしく頼むこと。
簡潔にまとめて、エレキ博士にしたためた。

そして、三人の男達は、ラシエルから旅立っていった。


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