聖都ラクリマ


第一印象は光の都。
特別に何がどうというわけではないが、光が内包されている都だと感じた。
ただし、優しい光でなく…光でないものを射るような輝きを持っていると、ルートは感じた。
街はどことなく静かだ。
人間はたくさんいるが、どれもこれもが無口であるため、静かなのだと気がついた。
「ついてこい」
ミシェルが先に立って歩き出した。
歩みの先には、ラクリマの大聖堂があった。

「…であるからして、この世界はセフィロトの頂にあられる、光神ケテルがおさめるべきであり…」
ルート達が聖堂に来ると、聖堂内は一人の老人の演説の最中だった。
老若男女を問わず、たくさんの人が、その老人の一言一句ももらさないように聞き入っているようだった。
「あれが私の父だ」
と、ミシェルが老人を指差した。
「演説中らしいな。しばらく待たせてもらおう」
ルート達パーティは入り口の辺りの長椅子に腰掛けた。
演説は続く。
「であるからして、『魔』の逃げ込んだ先…魔城ルナーは、早々に滅させなければならない!死神イェソドを祭る呪われた汚らわしいあの場所を!」
老人がひときわ高々と言い放った。
聖堂内に歓声が起こる。
”ケテル神ばんざい!”
”ラクリマばんざい!”
ルートは、半ばぼんやりとその光景を見ていた、が、熱狂に加わらない、一人の影を聖堂の入り口近くに認めた。
右目に眼帯、体格は細身で、この辺りでは見かけない剣を腰から下げている。
防具のデザインも独特である。肩と左胸には、職人の手で施されたであろう刺繍の目が、風の方向にたなびく草原のように、ずらりと並ぶ風変わりな防具を当てている。
兜はデザインも何も無い、頭を覆うだけのもので、耳の高さから下は、緑色の布が垂れており、顔以外をすっぽり包んでいた。
肩当て、胸当て以外は、全体的に緑で服装を統一していて、その男は、入り口近くの壁を背にして、腕組みをしてそこにいた。
聖堂の熱狂はまださめない。
ルートは少し彼に興味を持った。

「こんにちわ」
ルートが声をかけると、男は片目だけでルートを睨んだ。
「…信者どもじゃないようだな…」
「ええ、まぁ…」
「なんでここにいるんだ?」
「ええと、色々理由がありまして…」
理由を説明するのが面倒なので、ルートは曖昧に答えた。
すると男は、下を向いて肩を震わせた。笑っているらしい。
「笑う事ないじゃないですか」
「すまん、しかし、ここで足止め食らってから、初めて人間らしい人間と会話したみたいな気分でな…」
ルートは怪訝な顔をした。
風変わりな剣士は、熱狂する聖堂内の人々を見やり、声をひそめると、
「ここの連中は…みんな狂信者だ。今までの神話を覆し、光神ケテルを最高神に据え置こうとする、そういう宗教をまともに信じている連中なんだ…」
ルートはとりあえず納得したが、もう一つ、納得の行かない事を質問した。
「どうしてあなたはここにいるのですか?」
剣士は眉根を寄せると、
「実は…ここの南に大河があるんだが、そこの橋が、妖精に落とされた」
「妖精?」
「ああ、今、このラクリマの街はそんな橋どころじゃない雰囲気だが、俺としては、速いとこ南下しなくちゃいけない理由があるんだ…速いとこ、エクスに戻らなくちゃ…いけないんだ」
「エクス?」
「俺の故郷だ…エクスの戦士が俺を探しに来たからな。速いとこ戻りたいんだがな…」
そういえば、誰かを探している異国的な戦士を、ディアンで見かけなかっただろうか?
ルートは何か訊ねようとすると、
「おい、ルート!」
フェンダーから怒号がかかった。演説が終わったらしく、信者達はぞろぞろと聖堂を出て行く。
「今行きます!では…ええと…」
「俺の名前はジャクロウ。お前は?」
「ルートです。ジャクロウさん、失敬…」
ルートはその場を離れた。

「父上!」
「おおミシェル…」
演説をしていた所為で、精根使い過ぎたのか、どことなく力のない老人がそこにいた。
「父上、書庫の鍵は?」
久々であろう、親子の再会を別段感慨も無く、ミシェルは淡々と済ませる。
父親の方は、何かを惜しむように、話を伸ばそうとする。
「どうだ?諸国は?何か発見はあったか?」
「書庫の鍵はどこですか?」
ミシェルはそれだけを繰り返した。
父親は諦めると、懐から鍵を差し出した。
ミシェルはそれを受け取ると、
「私事よりも、もっと大きな物のために私は動かなければならないのです。親子である事よりも、もっと優先すべき事項があるのです」
失礼、と、言うと、カツカツと足音を立てて、ミシェルは書庫の方へ歩んでいった。

「いくらなんでも、ありゃないんじゃねぇのか?」
「冷たい…と、思っただろう」
身振り手振りで何かしら訴えようとするフェンダーを、先に立っていたミシェルが振り向き、冴え冴えとした眼で見る。
「多少冷たくても今は構わない。全てが終われば、私も昔のように…戻るからな…」
「冷たいという自覚はあるようだな」
「クライル、聖騎士とて、人間なのだ。何かしらの罪を背負った…」
ミシェルは身を翻し、
「とりあえず、今はすべき事がある。私はルナーに赴かなくてはならない。惑わす『魔』を全て消し去るため」
ミシェルはそう言うと、振り返らずに歩き出した。

「ふむ…参ったな…」
クライルが膨大な文献の中から、神に関する物を探そうとしているが、
「光神ケテルを崇拝する文献が主だ。偏り過ぎている…ある程度は予想していたが…これ程とは…」
「器とか、それらに関する文献は?」
「この分では見込み薄だな…参ったな…」
「他の神に関する物は、父が法皇になった時点で、『光神の裁きの炎』にくべられた」
「そんなぁ…」
溜息をつくルートとクライルの向こう側の机で、本に拒絶反応を示すらしい(?)フェンダーが眠っていて、そして、ミシェルは…
「何を読んでいるんですか?」
「ルナーへ赴く手段だ。その地方は闇の衣で覆われ、衣の裾をあげるには…妖精の涙を×××の祭壇で…ここからは虫が食っている…さすれば呪われた地への道は開かれるであろう…」
「祭壇の場所は?」
「わからん…ルナーに関するものは、地図に記す事をはじめ、汚れているとして、ほとんど抹消されているからな…」
「妖精の涙…」
呟いたルートの後ろの方で、大きな音がして、本棚が一つ、斜めに倒れた。

「助けてくれぇ!」
斜めに倒れた本棚からこぼれおちた本の数々その山。…そこから手だけがぶんぶんと振られている。
ルートと力仕事専門のようなフェンダーが協力をし、要救助人を『発掘』すると、人と思ったのは大きなかぼちゃ頭で…
「わわわっ!?」
フェンダーは驚いたが、ルートはすましたものだ。
「南瓜丸さん、お久しぶりです」
「ルート君、久しぶりだ。…と、再会を喜びたいところだが、驚くべき文献を見付けた。それを見てもらいたかったのだが…」
「おいおい、どれだよ…」
フェンダーが覗き込む。
「おお、これだこれだ『大神マルクトはかく語りき』…」
「その書物が?」
「まず一点。『器となる人物は、その神に一番ゆかりのある地で生まれる』まぁ、これはいいのだよ」
パーティーが眼を見開いた。
「続いて一点。君たちに伝えたいのはこれだ。『妖精の涙は、妖精の塔にて成長を続ける石である。妖精の塔は、ラクリマの東…アインスの地に…』」
こんな書物がこんなところにあったのだろうか?見落としはなかったはずだ。そんな書物をいとも簡単に見付けてきた、この、かぼちゃ頭のふざけた男は一体…
「どうして私がこの書物を見付けられたのかが不思議なようだね」
かぼちゃ頭が、ふふんと笑った。
「いいかねワトソン君、これは…」
ワトソンなんかいないが、思わせぶりに南瓜丸は言葉を区切ると、
「勘だよ」
と、答えた。

「ぬぁにが勘だ!あんのへっぽこかぼちゃめ!」
「まぁ、結果オーライという事で、いいんじゃないですか?」
「ま、そうだけどよ…」
釈然としないフェンダーの後ろで、クライルが呟く。
「橋をおとしたのも妖精らしい…そして、ルナーに赴くためには、妖精の涙という石が必要…」
「どう足掻いても、妖精と関わらなきゃいけないらしいな…」
やっぱりフェンダーは釈然としていない。
「そんなこともありますって」
苦笑いしたルートがフェンダーとクライルの間を歩く。
そうして歩いていく三人の後ろから、ミシェルが付いてきていた。
「…そう、全ては仕組まれている…まだ、仕組まれた時は、始まったばかりのはずだ…」
そして、自分の身を自分の両腕でつかむと、
「…っ!私は…歯車なんかじゃない…仕組まれた時の歯車なんかじゃない…終わらせなくてはならない。馬鹿げているラクリマの狂信も茶番も、すべて終わらせなければいけない…」
ずっと先に歩いていったルートが気が付くまで、ミシェルはしばらくそうしていた。


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