アインスの地・妖精の塔
アインスの地は、ラクリマの街から方角的にはまっすぐ東。
しかし、まっすぐ突っ切るには、道は険しすぎ、
当然、回り道をする羽目になる。
ラクリマから、橋の落とされたという現場の大河のそばの道をたどる。
道と大河はしばらく平行だが、気が付かないうちに、大河が離れている。
道はやがて森につっこみ、完全に大河は見えなくなる。
それでも歩を止めないでいると、
切り立った崖に包み込まれるように立っている塔を見つける事となる。
ここがアインスの地だ。言ったのはミシェルだっただろうか?
霧は深く、ルートは以前テルとイリスと行った、月の森を思い出していた。
しかし、塔に近づくとわかるが、月の森と違い、ここは花が咲き乱れている。
そしてその花と遊ぶ…遊ぶ?
「何か…いる?」
フェンダーが声を上げると、その『何か』は背中の羽根を用いて、塔の頂に飛んでいってしまった。
「…妖精?」
「あの頂が、妖精達の住処なのだろうか?」
「さぁな…」
ルートは会話に加わらず、妖精の姿を思い出していた。
頭は人間並みの大きさ。しかし体は人間のそれより小さく、羽根も生えている。
頭でっかちのそれは、滑稽ですらあるが、玩具のような…或いは、人間のような生生しさを持っていた。
「…っ!」
ルートは戦慄した。何に対してかは、わからない。
塔の周囲を確かめた挙げ句で、ルート達パーティは塔に進入する事にした。
入って一見は古びた普通の塔だ。
しかし、
『キタゾキタゾ』
『殺シチャエ』
と、声がするやいなや、天井が下がり、天井は針を伸ばしてきた。
無論、出入り口は閉ざされた。
「ナメんなぁ!」
フェンダーの咆哮。
出口を無理矢理叩き破った。
『ナマイキダゾ』
『人間ノクセニ』
『キレタ』
『殺シチャウモン』
仕掛けを操っていた…先ほど見た妖精と同型が、ぱたぱたと飛んでいった。
「くそっ!」
取り逃がしたフェンダーが悔しそうに壁をたたいた。
仕掛けはまだまだある。パーティはそれだけを確信した。
幼稚な…しかし、残酷な仕掛けが次々と現れては粉砕された。
仕掛けの所々に、黒くなった血液を認めると、これは子供だましなどではないと気が付く。
しかし…死体が見当たらないのは何故だろうか?
強酸性の液体をまとった網が放される。
肌に触れるその前に、ルートの剣とミシェルの槍によって斬り落とされた。
「刃こぼれを起こすが、致し方あるまい。魔法は詠唱時間がかかる…」
ミシェルが前を睨んだまま呟いた。
前には、妖精が一匹と、扉が一つ。
『強イネ。ダカラ、入ッテモイイヨ…』
頭の奇妙に大きな妖精は扉を開いた。
罠かと思って、パーティ全員が身構えた。
そこは空中庭園だった。
色を問わない花が咲き乱れ、妖精達が戯れる。
中央には御伽噺のような細工のされたガラスの扉がある。
『ハヤク、女王様ニ会ッテ、仲間にナルトイイヨ…』
妖精はくすくすと笑い、遊びの輪に加わっていこうとした。
「ちょっと待って」
ルートが呼び止めた。
「妖精の涙というものは、女王様が持っているの?」
『ウン』
妖精はそれだけ答えると、再び振り向くことなく、戦争ごっこに加わっていった。
ガラスの扉の前まで歩くパーティ。
足元に、ごろりと転がってきた、赤い塊を認めた。
目玉の飛び出る程、頭を潰された…先程ルートと言葉を交わした妖精…
『負ケダァ!』
『負ケタラ、死ヌンダヨォ』
妖精達は無邪気に笑った。
ガラスの扉は、そっと手を触れるだけで開いた。
開くと、むっとするような臭い…
「血液の臭いだ…」
顔を顰めながら、クライルが呟いた。
女王とやらの場所に通じるであろうその通路は、壁や天井を問わず、
浮き出た血管のように、赤い石が連なり、規則性のない網の目を作っていた。
「まさかこれの臭いじゃねぇだろうなぁ…」
フェンダーがおどけて言ったらしいが、誰も、否定も肯定もしなかった。
石が脈打っているような気さえしたのだ…
長いような短いような、どこか暗い通路を歩くと、仰々しい扉に突き当たった。
明らかに赤い石の筋は、その扉の向こうから無理矢理出てきている。
扉のある面の壁は、石の出ている個所からひびが入っている。
普通ならば、ここで、礼を尽くすべきなのだろうが…
パーティのメンバーは無言で身構えた。
まがまがしい気配がしたような気がしたのだ。
ルートはその扉を開けた。
やはり力を入れないでも扉は開いたが、そこには恐ろしいものが転がっていた。
干からびた蛙のような死体。幾多も。
そして、壁にかけられた、頭を開かれたままの妖精の身体。
女性が一人、死体から脳を取り出し、頭の開かれた妖精の身体に脳を入れる。
頭を閉じると、それまでただ立て掛けられていた妖精の身体は、借り物の生命を得て、窓から飛び出していく…。
死体は…祭壇のような場所に静かに置かれている透明な宝石に血液のみが注がれる。やがて、死体は干からび、うち捨てられる。宝石からは、血液の色をした石が幾多にも網の目のように広がり、部屋を血液の色に染めていた。
女性は血液をかけながら、
「もう泣かないでね…大丈夫、みんなきれいにしてあげるから…」
と、呟いていた。
「…みんな、きれいな妖精にしてあげる…みんな、紅くしてあげる…だから、泣かないで…」
女性は振り向くと、
「『素材』も来た事ですし…『妖精の涙』というあなたが泣き止むまで…私は、これを続けてあげる…」
女性から詠唱が聞こえ、素早い指の印の組み合わせのあと、魔力が走った。
「どうして?どうしてきれいになりたくないの?妖精になれば、とってもきれいなままでいられるのよ?」
女性は…多分女王であろうが、彼女は不思議そうに訊ねる。
その間も、魔力の攻撃は絶えることがない。
突破口がほしかった。何でもいい。彼女を『素材』という自分達から一瞬でも目を離させ、攻撃に転じる瞬間が必要だった。このままでは殺される。目的の妖精の涙を目の前にしたまま、殺される…
「!」
ルートの中に何かが閃いた。
「援護、頼みます!」
ルートは言い放ち、駆け出した。
女王からの魔力が放たれ、ルートにヒットしたと思った刹那、ルートと思った物体は、脳のまだない妖精で、それは醜く崩れ落ちる。
「キィィィィィイ!醜い!醜いわ!」
女王がヒステリーを起こす。
ルートはその瞬間を見逃さない。ルートの剣が女王を捕らえ、女王の両腕を肘から向こうを持っていった。
「印はこれで結べない。詠唱のみの魔力では、威力もたかが知れている…」
女王はぼんやりと、失った肘から先を見つめていた。
痛覚がないのか?
その間にも、フェンダーに腹の肉を裂かれ、ミシェルに喉を突かれても、女王は微動だにしなかった。
ルートは、チリチリとした狂気を感じた。
何か、よくない事が起きる。
脳の中で、警報が鳴っていた。