義務


死んだ…

ルートはそう思った。
アインスの地は炎上している。
塔の頂きから起こった火球は、塔を壊滅させ、この地を灼熱地獄に変えた。

彼らは死んだ…

自分に関わったから死んだ。
そう、テルもジュリアも自分に関わらなければあんなことにはならなかった。
自分が…
自分は彼らに何をした?
ただの自己満足と英雄陶酔で彼らを傷つけ、そして、死にいたらしめた。
自分は…

ルートは懐中からナイフを取り出した。
何年か前、テルが作ってくれたものだ。
「護身にもならないでしょうけど、何かと役には立ちますよ。何でも物は使いようですし」
テルはこれを渡す時、そう言って微笑んでいた。
そのテルも、ディアンで大怪我をして…
生きているだろうか、ちゃんと、生きて村に戻れているだろうか。
村に戻れていなかったら…自分が関わらなかったら…テルは…
自分がいなかったほうが…
ルートはそのナイフを握り…

「何をするつもりだ?」
突き放したように声がかかった。
声の主はミシェル。それ以外には誰もいない。
ミシェルはアインスの地の炎を逆光にして、まるで影のようにルートに語り掛けた。
「もしかして、全てが自分が原因と思いあがっているのではあるまいな…」
「僕は…」
「彼らは自分のために選択をした。そしておそらく逝った。私達は彼らのために動かなければならない。それは…」
影のようなミシェルが続けた。
「…私達残されたものの義務なのだ…」
「…義務」
「そう、義務だ。私達がしなければなるまい。私達が…この茶番に幕をひかねばなるまい…」
「でも!僕が…僕が関わったから…」
ミシェルが近づいてきた。
そして、ルートの手をナイフごと掴み、自分の喉にあてさせた。
「もし、私が死んだのならば、もう何も言うまい。しかし、お前に関わった私はまだ死んではいない。私は死なない。私の運命はお前一人などという要素で変わるものではない」
ミシェルはそこまでキッパリ言い放ち、ルートの手を放すと、振り返らずにすたすたと歩き出した。
「ルナーへ行くぞ。私達は進まなければならない」
ルートは頷いた。
今は、そうするしかないだろう。
ルートとミシェルは、灼熱地獄と化した、アインスの地をあとにした。
森が赤々と炎を映しているのが、つらかった。

一方…ルートとラシエルで別れたイリスは、
とある田舎町の宿にいた。
「あたしは強くならなきゃ。ルートと肩を並べていられるためには、もっと強くならなきゃ…足手まといは嫌だから」
イリスは魔法書を読みふけっていた。故郷から旅立つ際に持ち出してきたものかもしれない。
「光の攻撃魔法…光の恩寵を受ける民が使いこなせる魔法…」
イリスは、ためしに詠唱をしてみる。
光の恩寵を受けている民でない所為か、思うように光は放たれなかった。
イリスはため息をついて、他のページをめくった。
ブツブツと呟きながら本を読んでいるイリスの机に…不意に光が差し込んだ。
いぶかしんで顔を上げると、カーテンの向こうから光が差し込んできているようだった。
カーテンを開けると、眼を潰さんばかりの光の渦…
「あっ…」
イリスは思わず目を伏せたが、また、目を開けた。
そしてイリスは溜息をついた。
「きれい…」
輝く光は、イリスの中に入り込み、イリスの力となるようであった。
(奇麗な光があたしの中にある。あたしには奇麗な力が宿っている…)
『そう、力を宿したあなたは奇麗…』
「そう、力を宿したあたしは奇麗…」
(あたしは美しくなる。それは、あたしだけの力。美は一番強い力。その力を得るため…)
魔法書が不意にパラパラとページをめくり始めた。
そして、あるページで止まった。
「愛神ティフェレト…その器…」
イリスは魔法書を読み上げ、微笑んだ。
「器になるのはあたしの義務。美しき愛神の器…待っててルート。あたしはきっと強くなってあなたの元に戻ってくるから…」
『そう、あなたは器…』
イリスは聞こえてくるその声の主を知りたいとも思わなかった。
『行きましょうイリス…神の器となるため…美しくなりなさい。愛神の器にふさわしく…それがあなたの義務…』
「ええ、わかっているわ…」
その日のうちにイリスは旅立った。美しい器であるために…


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