サムライ・ジャクロウ


妖精の涙を持ち帰ってきたルートとミシェルを迎えたのは、奇妙な活気に溢れたラクリマの街だった。
喜んでいる。騒いでいる。
ミシェルは住民を一人つかまえ、このお祭り騒ぎの原因を問いただした。
住民は何事かというようであったが、相手がミシェルと知ると、ぺらぺらと話し出した。
「ミシェル様とお仲間の方が、妖精を殲滅させてくださいましたので、おかげで南の大河に橋を架ける事が出来ました。ありがたいことです。これで、呪われた地を浄化に導く聖戦をする事が出来ます。ありがたいことです…」
ルートが街を見渡した。
確かに街は狂喜している。
その向こうで、ラクリマの軍旗や武器のかき集めなどしているのが見えた。
街一つが戦場に赴くのであろう。
戦場となるのはこの町でない。
そして、彼らは勝ちを確信している。
彼らは正義で、正義は絶対なのであろう。
「戦いに絶対などない…のになぁ」
ルートは声の方を見た。
声の主は「よぉ」と片手を上げた。
眼帯と奇妙な鎧。彼は以前ラクリマの聖堂で会った剣士・ジャクロウだった。

「連れが減ってるなぁ…」
ジャクロウの言葉に、ルートはキュっと唇を結んだ。
「まぁ、いろいろあったんだな」
ジャクロウはそれ以上詮索をしなかった。
「お前は、聖戦軍に参加しないのか?」
ミシェルが問うた。
「よそ者の俺が参加する義理はないだろ?それより、ミシェルってったか?お前こそ参加しないのか?」
その答えにミシェルは鼻でせせら笑った。
「私はこんな馬鹿げた事には参加しない。父と私のやり方は違う」
「そっか、親子の考えの相違はよくあるこったな」
やっぱりジャクロウはそれ以上の詮索をしなかった。
「ジャクロウさんは、これからどうするんですか?」
ルートが訊ねた。
「橋も架かったし、ここから南下してルナーから大橋を渡ってエクスへ向かう。お前達は?」
「僕等も一応ルナーへ向かうんですけど…」
「じゃ、途中まで一緒に行かないか?」
ルートは言葉に詰まった。彼まで今までの仲間のように…
「ついてこい」
答えたのはミシェルだった。
ルートは複雑な表情をしたが、ミシェルは構わなかった。
「じゃ、よろしくたのむぜ!俺はジャクロウ。サムライだ」
ジャクロウは快活に挨拶した。

ルナーへ向かうには、海路を使いエクスから回っていくか、
陸路の…死人の巣窟と呼ばれる洞窟を通るかの二通りがある。
陸路でルナーを目指すには、境の大河に橋がかかっておらず、
洞窟を通る以外に手段は無いという。
ジャクロウはそう説明した。
「エクスのあたりは…正確に言えばルナーのあたりは、闇の何たらとかで目印になる星も見えないし、羅針盤も役立たず。風は凶風が吹くと言われていて、まず、船を出す奴はいない。で、陸路の方だが…文字通り死人の巣窟だ。行こうとする奴はいないし、行くにしても…入り口が封印されていて、入る事も叶わず。封印の鍵が…」
「妖精の涙」
「そうそう、確かそんなのだとか」
「これでしょうか」
ルートが宝石を取り出した。
ジャクロウは眼帯に覆われていない眼をまんまるにした。
「おまえら…いったい…」
「それは道々話す。さっさと行くぞ。死人の巣窟へ…そして、ルナーへ」

ラクリマの南方に位置する大河を、架けられたばかりの橋で渡り
更に南下をする。
途中、道が二つに分かれていた。
「えーと、ここからあっちが…」
ルートが西の道を指差す。
「マリス城で、こっちが…『ルシファーの祭壇』だそうです」
ルートは東に伸びる道を指差した。
「ルシファーの祭壇…そこが、死人の巣窟への入り口が封印されている…」
「いや、確証はないぜ…それよりだな」
ジャクロウは西に伸びる道を指差した。
「この先に城があるんだろ?地元の事は地元に聞け。情報収集と装備の充実を図ろうと俺は提案するが?」
「そんな悠長な事をしていられるか!」
ミシェルは怒鳴ったが、
「まぁ、いそがばまわれと言うじゃあないか。それに、ミシェルよ。親父の先手なら俺たちは打たざるをえないんだ」
「どういうことだ?」
「封印を説く手段は俺達が持っている。これがある限り、俺達は先手を打たざるをえない。わかるな」
ミシェルは無言である。
「じゃ、とにかくマリス城へ行きましょう」
異論反論はなかった。

心地よい南方の風が、草原を撫でていった。


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