死人の巣窟


マリス城からルシファーの祭壇までは大した距離ではなかった。
そして、案外あっけなくラミリアが祭壇の儀式を終えた。
「なんだか、拍子抜けですね」
ルートがぽつりと呟いた。
するとミシェルが返した。
「いや、これで時間に追われる身となった。ジュリアとやらの身が心配ならば否応なく多忙になる」
「そうだ。ラクリマの連中がいつ来るかもわからんしな」
ミシェルとジャクロウが、ルートに注意をした。
ラミリアがメンバーに向き直った。
「さ、入り口が開くわよ」
石の祭壇は妖精の涙を飲み込んだ。
輝きが祭壇からあふれる。
祝詞と妖精の涙で、何かが反応しているのであろう。
そして、祭壇はじりじりと動き、床にぽっかりと口を開けた。
「行くぞ」
ミシェルが簡潔に言った。

まず出迎えに来たのは、動く死体。
そして、実態希薄のゴースト、いわゆるミイラ…などなど
「うえっ…あたしこういうの嫌い…」
魔力で火球を撃ちながらラミリアが愚痴をこぼす。
ルートが斬り付ける。しかし、どんなに斬っても、死体はこれ以上死なない。
動く死体の腕は切りつけられてもびくびく動き、
実態希薄のゴーストは、やはり切られてもダメージは少ないようだった。
(厄介だ…)
ルートが舌打ちをしたその時、
「さがっていろ!」
ミシェルから怒声がかかる。
「オーラウェイブ!」
暗い死人の洞窟に、眼を潰さんばかりの光の波…
ある者はそのまま実体を失い、ある者はそのまま壁に影となった。
ジャクロウが低く口笛を吹いた。
「やるじゃねぇか」
「うん、ミっくんすっごぉい♪」
「誰がミっくんだ!誰が!」
ラミリアはその剣幕もどこ吹く風で、
「え〜、ミシェルだからー、ミっくん。だめぇ?」
「だ・め・だ!」
ジャクロウが真面目に怒っているミシェルの肩をぽんと叩く。
「ほっとけや」
「しかしだな…」
「俺なんかジーちゃんだ…」
「…そうか」
そのやりとりを見ながら、ルートは「ルーくんは、かなりまともでよかったな」と思った。

巣窟と名前がついているだけあり、死人はぞろぞろとあらわれた。
数は相当数いたが、戦闘能力は大した事なかった。
だが、ふと…死人が現れなくなった。
「不気味ね…」
腐乱死体特有の湿った足音も聞こえない。
ミイラ特有の引きずるような足音も聞こえない。
もともと暗い洞窟内は恐ろしいほど静かだった。
その後も洞窟内を…一本道を歩いていくと、不意に大きく開けたところへ出た。
そこには…
「なるほどな…」
ジャクロウが舌なめずりをした。
ルートが剣を構えた。ミシェルとラミリアが詠唱をはじめた。
大広間を埋め尽くさんばかりの死者の群れ。いや、大軍。
その中心の人影が…
「かかれ!」
号令を下した。
ルートは愛剣を閃かせた。


………
あたま、が、いたい
………
ここ、は、どこだ?
………

自分が横たわっている事を認めるのに時間がかかった。
そこが、部屋の中である事を認識するのにも更に時間がかかった。

あれは壁。あれは窓、暗いな…夜なんだろうか?

ジュリアは身を起こした。
そして、眩暈。
自分はどうしてここにいるんだ?ここはどこだ?
眩暈はまだ解けないが、身体の痛みはない。
頭に怪我をしていた気がする。
そう、あれはラシエルで…
そう、自分は眠らされた。
そうだ、仮面の剣士が…
ジュリアは思い出してきていた。
自分がラシエルのあの混乱から攫われたらしいという事まで、思考を回転させる事が出来た。

あいつは何といっていた?…たしか…
「私と同じ風を持つもの…同じ、緑の瞳をした…」
「魔族の末裔」
最後の一言は記憶の中の声が、空気を伝い耳に届いた。
ジュリアがとっさに声の方を見た。
入り口のほうだ。
声の主は微笑んだ。そして、
「探していたものが、ひとつ、みつかりました…同じ魔族のあなた…」
「お前は…」
「私はディーンといいます。ディーン・L・スチュアートです。ここ、ルナー城の城主になります」
秀麗な容姿、金色の髪に、緑色の瞳。
ルナー城の城主と名乗る、
ディーンは恭しく一礼した。


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