魔城ルナー
「あなたを…探していました」
ディーンはジュリアに触れようとした、が…
触れようとしたその時、手の甲が裂けた。
「エアカッターですか…」
「喉裂かなかっただけ、救われたと思いな」
ジュリアは噛み付きそうな眼でディーンを睨んだ。
肉食動物のような眼だ。
ディーンの緑の目と、ジュリアの緑の目がかち合う。
ディーンは裂かれた手の甲を…血まみれの手の甲をそのままに、ジュリアに話し出した。
「あなたをずっと探していました。15年前のあの虐殺の中を…ここルナーに逃げ込んだ以外に、生き残った魔族がいると聞いたその日から…ずっと。アージュのジュリア。緑の瞳に惨殺される親を映し…そして…」
「やめろ!」
ジュリアが怒鳴った。
「失礼しました」
ディーンは丁寧に詫びた。
そして、
「でも、忘れないでいてください。私は味方です」
それだけ付け加えた。
ドアのノックの音。
「入れ」
ディーンが簡潔に命令する。
入ってきたのは、ねずみ色のローブだけをまとった者。足はなく宙に浮いている。手も見えない。
いわゆるゴーストであろう。
「ディーン様…死人の巣窟にて指揮官ギィ戦死いたしました」
「死人の被害は?」
「ほぼ全滅かと思われます」
「そうか…ならば、間違いなくラクリマがここに攻めてくるだろう…」
「おそらく」
「リューンの情報は?」
「未だ持って…」
ディーンは少し考え、
「ジュリアさんをエクスのタスク氏の元へ…そして、エクスへの大橋を落とせ。もうすぐここに大きな戦いがあるだろう。戦火を飛び火させてはならない」
「了解しました」
「全軍をルナーに集結させよ。ラクリマの民から我らの場所を守るのだ!」
ディーンは高らかに宣言した。
ねずみ色のローブは、うなずくように動くと、
スーッとすべるように部屋を出て行った。
一方死人の巣窟では…
「ぜぃ…ぜぃ…」
剣を支えにようやく立っているルート、他のメンバーも満身創痍である。
敵はほぼ全滅をしただろう。
指揮官を叩いてからのゾンビの群れは、いともたやすく崩壊をした。
それでも、数に物を言わせるという作戦はそれなりに功を奏したようで、現にルート達は勝利を収めたといっても辛勝というものだった。
それでもルートは進んだ。
ラクリマの民がそのうちやってきて、ルナーを目茶苦茶にするかと思うと、ゆっくりしていられなかった。
もう、ジュリアが仲間だとか、それを助けるというのではなく、何かがルナーで待っている。
それを見届けるためにルートは進んでいるような気がした。
どうしてそう思うのか、問うものは誰もいなかった。
それでも、誰かが問えばルートはこう答えただろう。
「勘だ」と。
やはり陰鬱な洞窟を、彼らは無言で進んだ。
そして、風が吹いた
洞窟から出たらしい。
しかし、外といえども、そこは暗く、夜の様子を呈していた。
見渡す限りのヒースの荒野。
泣き叫ぶような、強い風が吹く。
遠くに、大きな建物が見えた。
「あれが…ルナーなの?」
「おそらく」
誰ともなく歩き出した。魔城ルナーに向けて。
城の門には、あちこちに赤い灯がともされており、
城門のガーゴイル像が生きているようにゆらゆら揺れる。
夜の中の更に闇を思わせる黒の城壁
尖塔は必要以上に尖って見え、
まるで城自体が今にも襲いかかってきそうであった。
ルートは閉じている城門の前に、人影を認めた。
夜の中肌は白く、嘆くような風に、たなびく肩までの髪は金。
そして緑の瞳…
「ディーンくん?」
ラミリアがびっくりした。
ディーンは黙って頷き、肯定した。
彼の後ろで歯車の軋むような音がして門が開かれた。
何かが連動して、鎖の音も聞こえる。
「ついてこい」
ディーンは促した。
ルートはためらわずついていった。
この彼がさらっていった、その事実を確認すればジュリアは無事である気がした。
それでも…
これから何かがある。
ルートはそれを確かめたかった。
これから…
ラクリマのことかもしれない。
それ以外の何かかもしれない。
ルートは、それを見届けなければならないような気もした。
やはり、勘…の、ようなものかもしれない。
ともかく、そのような感覚を、ルートは持った。
風が頬を打った。
嵐が来るのかもしれない