彼の事実


ディーンはルート達の前をすたすたと歩いていた。
ルートはルナー城をきょろきょろと見た。
一目見て異形のもの、よく見ないと迫害されたであろう理由の見えないもの…
(みんな…15年前の魔狩りから逃げて、ここに来たんだろうな…)
ルートはそんな事を思った。
「あ…」
不意に足元に小さなボールが転がってきた。
それを追って、頬にも眼のついた少女がかけてきた。
ルートがそのボールを拾おうとしたその前に、ミシェルがボールを拾った。
「あ、おにいちゃん、ありがとー」
異形の少女は丁寧に礼をし、また、かけてった。
ルートはミシェルの表情を見た。穏やかな笑みを浮かべている。
(ミシェルは…魔族に対してもこんな表情が出来るんだ…)
ルートの心を見透かしたわけでもないらしいが、ミシェルが呟いた。
「あの子供も『魔』の犠牲者だ。根本を倒さなければ意味がない…犠牲者は救うものだ。迫害するものではない…」
それだけ言うと、ミシェルはディーンを追って行ってしまった。
「ミッ君も冷たいだけじゃなかったんだ…」
「みたいですね…」
ルートは、何故だか少しほっとした。

ルート達はルナーの中の、応接間か何かのようなところに案内された。
しばらくルート達が旅の理由などを話していた。
神のこと、器の事…そんな事を交えながら。
そして、
「これから話す事は…」
と、ディーンが低い声で切り出した。
「これから話す事は、私にとっての事実だ。それ以上は私にもわからない…」
ルートは頷いた。
ディーンはルートの肯定をみると、また、話し出した。
「まず、ジュリアさんは無事だ。しかし、ジュリアさんは、ここにはいない。隣国のエクス国に身を寄せてもらっている。また、ラクリマの来襲に備え、エクスへの大橋は落とされている…」
「ラクリマの?」
ラミリアが聞き返す。
「ラクリマの軍隊がやってくる。間違いなく…」
ルートは不思議な気持ちだった。
意気込んでた助けに向かったら、肩透かしを食らったのに、
そう、別に助ける必要はどこにもなく、ここにいないが、彼女は無事である。
それなのに…ここに来るべきである、来るべきであった。そんな気がしていた。
それでも…とても残念がっているメンバーがいた。
「マジ?こっからエクスに戻れない?」
ジャクロウである。
ジャクロウは大きく溜息を付くと、肩を落とし、下を向いてしまった。
「相当沈まない船がシリンあたりで手に入ればわからないが…今はエクスは実質孤立している状態にある…」
「まいったなぁ…」
ジャクロウが弱音を吐いた。ラミリアが半ばふざけて慰めていた。

応接間の扉が勢いよく開いた。
「ラクリマか!」
ディーンが立ち上がった。
扉を開けた異形は肯定をした。
「総員戦闘配備につけ!」
ディーンが号令を下した。
異形は部屋から走り去ってった。
ディーンがルート達に向き直った。
「…君たちをこの戦いに巻き込むわけにはいかない…西の方角に漆黒の塔がある、神のことや器の事を求めているのならばそこへ向かえ」
「でも!」
ルートが噛み付くように問う。
「この戦いは、君たちには関係がない戦いだ。今は自分の旅の目的に忠実になれ」
こうしてルート達は半ば追い出されるようにして、応接間を後にした。

「あー、さっきのお兄ちゃん」
先程の少女がミシェルに駆け寄ってきた。
「どこかいっちゃうの?」
「いや…また、ここにはくる」
「ほんとう?」
「ああ」
「じゃ、やくそくだからね!いってらっしゃーい!」
少女が微笑んだ。ミシェルも微笑んだ。

ディーンはルナー城の一室でルート達を見送っていた。
風は相変わらず強い。
「人とは脆い器である…揺れればこぼれ、大きな力のもとでは壊れる…」
ディーンは愛用の細身の剣を手にした。
「ジュリアさん…あなたも…」
窓の外では、大粒の雨が降り出した。
ディーンはそれらの考えを振り払ったらしい。緑の瞳がルナーに向かってくる大勢の人間達を認めた。
ディーン部屋の外に控えている従者に合図をした。
「戦闘開始だ。守り抜け、ルナーを!」

嵐が来る。
風と雨を伴い、嵐が来る。
嵐だけではない。
ラクリマの民もやってくる。
ルナーを滅ぼすという目的を掲げて。
闇に住まうものにとって、
無用の光を掲げてやってくる。

ディーンは、その光からルナーを守る、そう決意した。


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