裏切り者とされて


ルナー城では、
篭城戦に近いことが行われていた。
ラクリマの民が、ルナー城を攻め落とさんとする。
ルナー城の魔族…モンスターなどとされたものが、
必死に城を守っていた。
女子供は城の地下に避難させ、
表では屈強な魔族の兵士が応戦していた。

ディーンは強い風雨の中、
ルナーの兵を指揮していた。
ラクリマの民は、死を恐れていない。
ディーンはそれを、不気味に思った。
「光神ケテルの世界のために!」
「穢れた『魔』を滅ぼすのだ!」
ラクリマの民は口々に叫びながらやってくる。
ルナーの兵が応戦する。
魔法が飛び交い、武器がぶつかり合う音と…
命を絶えさせるような音が、あちこちからした。

不意に、光が漆黒の塔から飛んできた。
光はラクリマの民の中の…多分、法王に宿った。
そして、法王が叫んだ。
「『ご神託』だ!光神ケテルを、ミシェルが裏切った!」
ラクリマの民に動揺が走る。
「ミシェルは向こうだ!裏切り者に制裁を!」
「ミシェルは裏切り者!」
「裏切り者!」
もはやラクリマの民にルナーは見えていないようだった。
光神を裏切ったとされる、ミシェルに矛先が向いたようだ。
ラクリマの民は、漆黒の塔に向かっていった。
荒地のヒースを踏み散らし、
風雨をものともせずに。

一方そのころ。
ルートたちは最低限の手当てをして、
漆黒の塔の螺旋階段を降りていった。
降りるにしたがい、声が聞こえてくる。
近づいてくる。

ルートは塔の扉を開いた。
そこは、ラクリマの民が武装して取り囲んでいた。
「神を裏切ったものに制裁を!」
「裏切り者!」
「ミシェルを殺せ!」
「殺せ!」
ルートは戸惑った。
相手は狂信的ではあるが、人間だ。
普通の人間を相手に…
そこまで考えたときに…

「オーラウェイブ!」

ルートの後ろから、光の魔法が繰り出された。
ミシェルだ。
ミシェルは魔法で狂信者たちを消しにかかっている。
狂信者たちは、さらに狂ったように見えた。
ミシェルは漆黒の塔の扉から外に駆け出た。
ラクリマの民は出てきたミシェルに向かって突撃する。
槍を持ったもの、剣を持ったもの、斧を持ったもの…
ラクリマの民の武器は統一されていない。
しかし、そのすべてのラクリマの民の武器が、ミシェルを狙ってやってくる。
ミシェルは早口で詠唱をする。
そして…

「ホーリーカノン!」

まばゆいばかりの光の攻撃魔法。
すべてのラクリマの民は、光にかき消され、荒地の影となった。
武器も防具も、ラクリマの象徴の旗も、ミシェルの父である法王さえも、
すべてが影になった。

風雨は相変わらず強い。
ミシェルはラクリマの民がいなくなった荒地に立っていた。
紫色のマントは、張り付いている。
ミシェルは立ち尽くす。
影がいくつも残っている。
それも、やがて風雨が消すだろう。

「ミシェルさん…」
ルートがミシェルの後ろから話しかける。
ミシェルは振り向かない。
「なぜ…こんなことを」
「私は裏切られたのだ…信じていた神に…」
ミシェルは振り向いた。
「これ以外…この茶番に決着をつける手段があったか!?狂った神を殺し、狂った民を殺すこと以外に!」
ルートは答えられなかった。
ミシェルは信じていたすべてに裏切られた…いや、ミシェルの意思で裏切った。
彼はそうすること意外、考えられなかったのかもしれない。
ミシェルが頭を抱える。
「赤い…目の…」
事の成り行きを見ていたラミリアが反応する。
ミシェルがうわごとのように続ける。
「赤い目の…エルフ…殺すつもりはなかった…ただ、兄さんを取られたく…」
ミシェルの中で何かが錯綜している。
「ミッ君!」
「よるな!触るな!兄さんを、兄さんを取るなぁ!」
ミシェルは威嚇のように、むやみに槍を振り回す。
ルートたちが一歩退いた、その瞬間…
ミシェルは、ミシェル自身の光とは違う光に包まれ、そして消えた。
「今のは…」
「転送魔法の一種ね…」
呆然とするルートに、ラミリアが答える。
ラミリアはミシェルのいなくなったそこをじっと見ていた。
「赤い目の…エルフを…」

風雨は幾分静まってきていた。


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