一方そのころ


水神の石の船を操り、
一行はアージュを目指す。
潮風が肌をなでていく。
たまに吹く強い風は、
髪をばらばらと荒らしていく。

ラミリアとディーンは、水神の石を操りつつ、
地図と航路を確認している。
ルートは甲板に出た。
ジュリアが船のふちあたりに、もたれかかっていた。
ルートはジュリアに向かっていった。

「何か用か?」
ジュリアはもたれかかったまま、顔をルートに向ける。
「疲れてます?」
「いや、アージュがどうなってるか…不安なだけだ」
ジュリアは空を見上げる。
潮風が、また、吹いた。
「不安…ですか」
「それでも、生まれ故郷だ…いろいろあったけどな」
「故郷…」
ルートは、故郷という言葉に、少し思うところがあった。
ルートも過去に…
「お前も何かあったのか?」
ジュリアが話しかける。
「まぁ、いろいろあったんですよ」
ルートは笑った。
ジュリアも苦笑いした。

「そういえば…お前と一緒だった、イリスってシスター…あいつはどうしてるだろうな」
ジュリアは相変わらず空を…風を見ている。
ルートも空を見上げた。
(イリス、どうしてるかな…)

一方そのころ…

イリスは森の中にいた。
イリスは、あのころから、変わっていた。
ルートのそばにいたころより、
何かを磨いたような美しさが宿っているような感じだ。
まだまだ磨けば輝く、
そんな美しさを宿し始めていた。

「ルートってば…私のことを引き止めないで…」
イリスはつぶやく。
「やっぱり、私に力を持ってもらいたいからかしら」
『そう、あなたは力を持つべき、美しくなるべき…振り向かせなさい…意の人を…』
「ルートに必要とされる力を持つ…美しくなる…」
『そう、美しさは力…』
イリスは自分の中に宿った声と話す。
イリスは、声が宿っているのが、ごく、自然に思われた。
それほど声はイリスにとって、なじんでいた。
声はイリス自身の声と思わせるほど。
実際は、イリスはどちらでもいいと思っていた。
イリスの声であろうと無かろうと。
声は導いてくれて、イリスの思うように進むからだ。

森を歩くイリスの前に、
下卑た笑いを持った男たちが現れた。
イリスは瞬時に男たちの存在を無視した。
イリスにとって、美しくないものは存在してはいけないのだ。
美しくないものを愛してはいけない。
男たちは追いはぎか何からしい。
無視して通り過ぎようとするイリスに立ちはだかり、何かを言おうとしたらしい…が…

「オーラウェイブ!」

あたりに光の波が広がり、
追いはぎらしかった男たちは、かき消された。
イリスはその光を美しいと思った。
イリスが放った光ではない。
「…大丈夫でしたか?」
男の声がかかり、イリスは振り向く。
そこには、ディアンで出会った、ラクリマの聖騎士がいた。
確か名前は…
「ミシェル…さん」
「覚えていただけていたようで、光栄です。シスター・イリス」
美しい聖騎士だ。だが、憔悴している。
「どうしたの?ミシェルさん…あなたはひどくやつれているわ」
ミシェルは目を伏せ…苦しそうに吐き出した。
「信じていた…神に…裏切られ…」
イリスはミシェルの話を聞く。
「…それでも、何かの力に導かれるように…ここを歩いていました…するとあなたが…」
イリスはミシェルの口に、人差し指を当てた。
「何も言わないで。あなたは信じていた神様を間違えていただけなの」
ミシェルがぱっと視線を上げた。
信じられないような表情をしている。
イリスは人差し指を下ろす。
「いい?信じられる神様は、愛神ティフェレトだけなの」
「ティフェレト…」
「愛神ティフェレトのため、私は美しくなるの。美しさこそ力。愛こそ力…本当に信じられるのはそれだけなの」
イリスはそう言い、魅了するように、微笑んだ。
「あなたを導いたのも、きっとティフェレトの力…あなたは信じていた神を間違えていただけ…」
ミシェルはそれを聞くと…
恭しく跪き、
「では、私は愛神のため…あなたを守る騎士となりましょう…今度こそ、間違えないように…」

ミシェルはイリスに忠誠を誓い、
二人はともに
旅をすることとなった。
イリスの心の導くままに…
愛神の導くままに…


次へ

前へ

インデックスへ戻る