アージュの町


ルートたち一行は、アージュに程近い入り江に船を泊めた。
町影が見える。
「あそこだよ。アージュは」
ジュリアがあごで示す。
ディーンが何か声をかけようとしたらしいが、
それより先に、
「行くよ」
ジュリアはすたすたと歩き始めた。

アージュはそれなりに活気のある町だった。
ルートはちょっと驚いた。
ルートは、光神を祭っている、ラクリマのような町を想像していたからだ。
普通の町だ。
活気があり、お土産用の酒…酒が名産なのだろうか。
それらを売っている店がちょっと目立ち、
酒場もあちこちにある。
観光客なのか地元の者なのかはわからないが、
皆、一様に酒を好んでわいわいとしている。
ジュリアは広場で足を止めた。
追ってきたルート達も同じように足を止めた。
ジュリアは目を閉じた。
風が穏やかになっているのを感じる。
にぎやか、でも、平和の風。

「ジュリアさん…」
ディーンが話しかける。
ジュリアは目を開けた。
鋭い瞳は、今日は、幾分穏やかだ。
「アージュは…変わった」
ジュリアはぽつりと言った。
「穏やかな風を持ってる…」
ジュリアは感じたままを伝えたのかもしれない。
「いい町ですね」
ルートも感じたままを伝えた。
ジュリアはうなずいた。

ジュリアが広場に一歩踏み出す。
そして、語りだした。
「15年前…ここの広場で魔族や魔女とされたものが殺された…」
ルートは、平和な町の騒ぎが、遠のいたような気がした。
15年前…
「焼かれたり…虐殺されたり…あたしの父も母もここで殺された…」
ジュリアは淡々と語る。
「隠れていた、あたしが殺される…そのとき、ご神託があったんだ…」
「ご神託…?」
ルートが聞き返す。
光神が死ぬ間際にした、あれだろうか?
「あたしが次の風神の器だって」
「次の!?」
ジュリアはうなずいた。
「風神ホドは、苦しまないよう、あたしに力をつないでいくと、ご神託をした…そして、あたしは生きている」
「じゃ、じゃあ、ジュリアさんが現在の風神?」
「わからない…風神の核はいまだにホドが持っているかもしれない…」
ジュリアは目を閉じる。
「そうでなくて、もうすでに、あたしは神なのかもしれない…自覚は全然ないけどな」
「ジュリアさん…」
ジュリアは目を開いた。
「今から行くところは、風神の神官のアントスっておじさんのところ。…あたしを最後までかくまってくれた人だ」
ジュリアは歩き出した。
ルートたちが後に続く。
「ジュリアさん、じゃあ、なぜアージュを出て…」
ルートが追いかけながら問いかける。
ジュリアは振り向かずにつぶやいた。
「あのときの…血なまぐさい風を感じてるのが…いやだったんだよ」
それ以上は語らなかった。
ルートは、なんとなくわかる気がした。

神殿のすぐ近く、
神官のアントスは庭弄りをしていた。
入り口に気配があったことに気がついたアントスは、
顔を上げて驚いた。
「…ジュリア…」
「アントスおじさん、お久しぶり」
ジュリアは笑おうとしたが、うまくいかなかったようだ。
アントスと呼ばれた老人は、それでもくしゃくしゃに笑った。
「よかった…生きていてくれて…本当によかった…」
「おじさんがかくまってくれたからだよ。そうでなければ…ご神託を前に殺されていた…」
「すまなかった…お前の父も母も…本当は助けたかった…」
「いいよ、あの時期はどこに行っても同じだったと思う。ありがとう、おじさん」
アントスが苦しそうに、泣き出しそうになった。
ジュリアは何かを吹っ切るように、次の言葉を言った。
「神の器について探し回ってるんだ。おじさんの知っていることが知りたい」
アントスは涙をぬぐった。
「ついてきなさい。わかっていることを話そう」
アントスは家へと向かった。
「ジュリア、ご神託のあとに態度を変えた親戚については…やはり許せないか?」
「過ぎたことだよ。でも、そばにはいたくなかったな」
「そうか…そうだろうな…」

アントスは家へと一行を迎え入れた。
ジュリアは思う。
アントスはあのころより小さくなってしまったと。
それでも、ジュリアにとってアントスは恩人だった。
それは今でも変わらないと思った。


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