風神ホド


地下へと吹いた、風とともに、
ホドと呼ばれる男は現れ、
ケセドは、あがくことをやめ、
そして彼女は、祭壇の端に腰掛けた。

「昔からそうだな」
ホドはケセドに話しかける。
「ケセドさんは抱え込みすぎだ。…って、ネツァがよく言ってた」
ホドの言葉に、ケセドは悲しいような微笑を浮かべながら、うなずく。
ケセドは目を閉じる。
涙が流れていくのがわかった。
「もう、渡しちまえよ。やれることはやっただろ」
ケセドはつらい表情をする。
ホドがその表情から読み取る。
「大丈夫、神でなくても、あんたはやりとげられる。伝えられる」
ホドがやさしく諭すと、
ケセドは目を開いた。
そして、ケセドは自分の中から、光を導き出した。
「…いきなさい」
光はガラスの鳥のような形になり、パタパタと飛んでいった。
鳥は地下室を回ると、やがて、階段から外へ出て行った。
ケセドはそれを名残惜しそうに見送り、
そして、腰掛けたまま、ルートたちに向き直った。
「あれが、私の水神としての最後の力の結晶です。核も入っています」
「では、あのガラスの鳥が、次の水神の器のもとに?」
ルートが問うと、ケセドは答えた。
「ええ…今まで遠隔ではありましたが、力は大体移してあります。拒絶反応はないでしょう」
ケセドは、さびしげに笑った。
「もう、私は神ではありません。ただの女です」

ケセドはぽつぽつと話し出す。
あの日ラシエルで、水妖を繰り出したのは、ほかならぬケセド。
二匹の水妖のリーダーは、ケセドの神の力への執着によってできたもの。
そこにたまたま、ディーン率いる、翼竜の軍隊が重なり、混戦となった。
そこまでは、ケセドは予期していなかったが、
とにかく、次の器に神の力を渡したくなかった。
神の器について調べるものを、徹底して…
「…殺そうと…そう、思っていました」
ケセドは、そう、結んだ。
「だから、クライルさんを狙っていたんですね」
ルートが言うと、
ケセドは申し訳なさそうに、うなずいた。

ケセドは祭壇の金属の箱を開ける。
中から取り出したのは、緑色の丸い石だ。
「これはプロテクトイーター。結界食いとでもいうもの」
緑の丸い石は、磨かれてきれいに見える。
「これが、風の終わる場所の結界を?」
「ええ…でも、特定の力を反応させないとだめ」
ケセドが説明する。
「風の終わる場所の結界は、ホドが作った結界…風神の力を、この石に反応させないとだめ」

「そーゆーことだ」
話を聞いていた、ホドが肯定した。
そして、ホドは、つかつかとジュリアに歩み寄る。
ジュリアは、いつもの癖で身構える。
ホドが近くにやってくる。
近くに来ると、緑色の目をしていることがわかった。
ふっと、ジュリアの緊張が抜けた。
「ジュリア…つらい思いをさせてすまなかったな。これが最後の力だ。受け取れ」
ホドはジュリアの額に右手をかざす。
光がジュリアに吸い込まれ、
儀式は終わった。
「これでジュリアが次の風神になった。プロテクトイーターはジュリアの力で反応する」
ホドが宣言した。
ジュリアは自分の手を見たり、目をぱちくりさせたりしている
「なぁ…ホド」
「ん?どうした?」
「全然違和感がないんだけど…」
「もう、ほとんど渡したからな。お前が風を感じているとき、風に乗って少しずつ渡ってたのさ」
ホドは、にいっと笑った。
そして、ディーンのほうを向く。
「ディーンといったな」
「はい」
「ジュリアをよろしくな」
「…はい」
ホドは満足そうにうなずいた。
今度は、ラミリアのほうを向く。
「あんたは、ゲブラから受け取るものは全部受け取ったみたいだな。炎も継がれたみたいで、よしだな」
ラミリアはうなずいた。
ホドは最後にルートのほうを向く。
「あんたは、見届けるんだ。今はそれしかわからないけどな」
「はい」
ルートの勘が、それは正しいといっている。
ルートは多分、見届けなくてはならないのだ。
どこまでかはわからない。
あるいはすべてかもしれない。

そして、ケセドはルートにプロテクトイーターを渡し、
ルートたちは、風の終わる場所へと向かうべく、
地下室を後にした。

ルートたちのいなくなった、地下室で、
ホドがケセドに問いかける。
「俺は、これから、イェソドの顔でも見に行くけど、ケセドはどうするんだ?」
ケセドは少し考え、
「神でなくても伝えられる…それを信じて、ラシエルで生きていこうと思います」
「そっか…あんたならできるよ」
「ありがとう、ホド」
ケセドはホドに微笑みかけた。
神でなくなったとしても、それは、きれいな水を思わせる、
すがすがしい微笑だった。


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