竜人の村
扉の向こうには、小さな村があった。
人々が穏やかに暮らし、
農作業をしたり、
家畜を率いたりしている。
ただ、それは険しい岩山に囲まれていて、
外界からは隔絶されているようだった。
「おや、ここに人間が来るなんて」
藁をまとめていた女性が気がつく。
「おお、本当だ」
女性の隣で作業をしていたおじさんが気がつく。
おじさんが近づいてくる。
近づいて来て気がつく。
人間の耳があるべきところに、爬虫類のようなとがった異色の耳がある。
それ以外は、いたって普通の人間と変わりない。
「まぁ、あんたらはとにかく、イディア様のところに行きなさい」
「イディア様?」
ルートが聞き返すと、
「この村の村長みたいなものだ。話を聞くといいだろうよ」
おじさんは加えてイディア様の居場所を助言して、また、農作業に戻っていった。
おじさんに言われたように、ルートたち一行は、奥の整った建物を目指す。
のんびりとした村の雰囲気に、つい、ここにきた理由を忘れそうになる。
神の器、神の力を継ぐ、世界の混乱を鎮める。
考えれば、大きなことになってしまったと、ルートは思った。
考えているうちに、
奥の建物の前にやってきた。
竜の顔の像が真鍮の輪をくわえている。
ルートは輪でノックした。
足音が聞こえた。
「はい、どなたでしょう」
老婆の…品のいい声が聞こえた。
「旅のものです。イディア様にお会いしたく、参りました」
扉が開く。
扉の向こうには、凛とした老婆がいた。
耳の場所には、とがった爬虫類の異色の耳。
「お入りなさい。私がイディアです」
ルートたちは、奥に通された。
「ただの旅の方が、この村まで来るとは、考えにくいです。何か理由があるのでは?」
イディアが促す。
ルートは、神の器のこと、神の力を継ぐもののこと、できることなら世界の異常をおさめたいこと、
そのためには、竜人の力が必要になると聞いてきたこと。
うまく話せないが、一つ一つ話した。
イディアは黙って聞いていた。
そして、イディアが話し出す。
「私たちの力を借りるというのは…すなわち、空を飛ぶことを意味しているのではないかと考えます」
「空を?」
ルートが聞き返す。
「一つ一つ話しましょう。まず、空には、天空城ラピュータがあります」
ルートははじめて聞いた。
その反応を見て、イディアは次を話す。
「ラピュータには、聖地セフィロトへの鍵があるといわれています」
「聖地セフィロトへの、鍵…」
「これらをふくめて、竜人の力が必要になるのではないでしょうか?」
「確かに…ラピュータも聖地への鍵も、僕の知らないことばかりです」
「人間より、長生きをする種族ですからね。さまざまのことを知っているかもしれません」
「…その知識も含めて、力を借りたいのですが」
「いいでしょう」
イディアはそう結んだ。
奥の間の扉がノックされる。
「失礼します」
と、麗人が入ってきた。
短い黒髪をさらさらと流し、目はきりりとしている。
耳は竜人特有の、異色のとがった耳。
長身細身の麗人だ。
ジュリアの隣に座っていた、ラミリアの頬が、ボンとばかり紅潮した。
ラミリアはうつむき、何かを紙に記して、手の中に握り締めた。
ジュリアは何かと思ったが、ほっとくことにした。
「母様、容態が落ち着いたことを報告に来ました」
「ノエル、客人がいます」
ノエルと呼ばれた麗人は、ルートたちを見回し、
「失礼、お話中でしたか」
と、非礼をわびた。
ルートの勘が、何かを指し示していた。
「…あの、容態が落ち着いた、とは?」
「ラシエル王、クライル様の容態が落ち着きました」
「!」
ノエルはルートの反応を見ると、
「こちらへ」
と、ルートたちを案内した。
ラミリアは、ノエルに見とれながら、ぽーっとついていった。
寝室らしい部屋に、ルートたちは通される。
そこには…荒い息をついたまま眠っている、クライルがいた。
「クライル…さんだ」
彼は生きていた。
ルートは、死んでいた、いや、死んだと思っていた彼が生きていたことを、
喜ばしく思ったが…
「クライル様は、目を覚まさないかもしれません」
と、ノエルが告げた。
「どう…して、ですか?」
ノエルは、魔力の嵐でぼろぼろになったアインスの地に行き、
そこでクライルを拾って看病したと、
そして、少し前からクライルの容態は安定してきているが、
このままでは、仮に安定はしても、
安定したまま、クライルは目を覚まさないかもしれない。
そういうことを言った。
「目を覚ますには、どうすればいいですか?」
ルートが問う。
「そうですね…これが使えますか」
ノエルは何か空っぽのボールと、灰色の石を取り出した。
「必要なのは、この空のソウルボールに、地竜の魂を入れること。地竜の魂は、百薬よりも効果があります」
そして、ノエルは灰色の石をルートたちに順番に持たせた。
灰色の石は、持つ人ごとに反応を変えたが、
「ちがうな…」
と、ノエルは否定した。
最後に、ディーンが灰色の石を持つと、
灰色の石は漆黒に染まった。
「あなたですね。結界の波長と同じなのは」
ノエルは言った。そして、
「ここまで来れたということは、あなたたちは、プロテクトイーターを持っているはずです」
「はい」
「それを、風の終わる場所の中で、彼に使わせてください。結界がとかれ、地竜の住処へといけます」
「なぜ、ディーンさんが?」
ルートは聞いた。が、
「この石の波長があったからとしか…わかりません。特殊な波長を持っているようです」
「そうですか」
ルートはとりあえず納得することにした。
さらに、ノエルは続ける。
「地竜の住処、そこには、地神ネツァもいるはずです。力はどのくらいあるかわかりませんが…」
ノエルが続けようとするところを、
「だいじょーぶ!」
と、明るい声が制した。ラミリアだ。
「あたしだって次の神様だもん!負けないってば!」
「ならば、大丈夫ですね」
と、ノエルは笑った。
ラミリアも笑い、そして、ノエルの手を握った。
「戻ってきたら、かんがえといてねー」
ノエルは握られた手の中に、紙切れを見つけた。
ルートたちは、風の終わる場所の内部を目指して村を出た。
紙切れを読むと、ノエルは微笑を深くし、
「待ってます、ラミリアさん」
と、一人つぶやいた。